キン肉マン完璧_

キン肉マンのルーズソックス

小学3年生ころ、私は、とても落ち着けない一日を過ごしたことがある。

どんな理由でかは忘れてしまったが、
私は、実家から程近いところに住んでいた祖母の家から、学校に通った時期があった。
祖母は張りきり、いろいろな世話を焼いてくれていた。

そんなある朝、学校へ行く支度をする私に、「いいものがあるわ」と、
ニコニコして祖母が言った。

私の足元を見ていたような気がしたけれど、どうしたんだろう。
そう思っていると、祖母は隣の部屋へ行き、そこから私に手招きしていた。

なんだろうと行ってみると、祖母がグレーの靴下を持っている。
私は目を疑った。その靴下には、赤い文字で「キン肉マン」と書いてある。

私は、祖母の顔とキン肉マンを交互に見つめた。登校前にこれを差し出すということは、これを履いていけということに他ならない。

でかでかとした「キン肉マン」という文字のすぐ下には、筋肉隆々な、額に『肉』という文字をつけた男が仁王立ちしている。

どうやら、子供のあいだでキャラクター靴下が流行っているという情報を、どこからか得たらしい。

「これ似合うで」と、祖母。
キン肉マンが似合う女の子って、一体...

私の小学校の制服は、肩ひもがついたプリーツスカートだったので、私は、襟元に小さなお花の刺繍が施されているフリフリのブラウスを好んで着ていた。

お気に入りのブラウスを上半身に身に着けた私は、祖母に、バレないように泣きべそをかきながら、キン肉マンを履いた。そして、鏡に映る自分に、センスの所在を必死になって尋ねた。

結局、買ってきてくれた祖母を思い、その日の朝、私はキン肉マンを履いて学校へ登校することになった。

足がやたら重い。当たり前だ。私は、男の筋肉を足にくっつけているのだから。

8歳の集中力は、足元に集結していた。

そして、今日、学校が休校で自分が間違って登校しようとしているんだという現実逃避をしはじめた矢先、後ろから「おはよう」という声がして逃避は3分で幕を閉じた。

と、とっさに私は、キン肉マンをルーズソックスにすることを思いつき、出来る限り、キン肉マンの顔面の部分が見えないように、細かいシワを何段も何段もつくった。憎たらしいほどゴムは効いているので、ソックタッチなんぞ目じゃないぜ。

出来上がったそれは、まったくルーズでもない、ただただ灰色の巨塔だ。

授業中、椅子の下で必死に足を交差させ、どうにかみえないように工夫したり、もぞもぞと足を掻く真似をしたりして、勝手に、彼(キン肉マン)の全貌が見えたりしたりしていないかなどを確認したりで、気が気ではなかった。

縮めて縮めてしていたキン肉マンを、
再び蘇らせたのは、下校し、祖母の家のピンポンを押した後だった。

祖母は、キン肉マンと目が合うと、
ニッコリと微笑んでいた。


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