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六交会でマイケル・ジャクソンのお話

六交会でマイケル・ジャクソンのお話
 
【Talk about Michael Jackson at Rokkoukai】
 
イヴェント。
 
1988年9月から始まり、すでに30年以上の歴史を持つ異業種交流会「六交会」の第415回月例会で、マイケル・ジャクソンのレコード発売時のレコード会社でマイケル側と様々な交渉に尽力された田中章さんと吉岡正晴が、マイケルのメッセージ、すばらしさ、多くの誤解されていることなどについてお話をした。
 
「六交会」は30年以上前に六本木で始まったいわゆる異業種交流会で、現在まで月一回のペースでゲストを招いて話を聞いたりする。現在2代目の主催者奥田さんの司会進行で2時間以上、田中さんといろいろなトピックについて話をした。
 
田中さんが、エピック・ソニーというレコード会社でどのような仕事をしてきたか、マイケル・ジャクソンとどこで接点を持ったか、さまざまなエピソードを交えて、マイケルの人と成りについて語った。
 
一番よく知られているのが、田中さんがソニーのスタジオでトイレに行った時の話。田中さんがマイケルをトイレに案内すると、そこでトイレの掃除人の人がいた。その掃除人の人の顔が半分ほどケロイド状になっていた。それを見たマイケルは田中さんに、「この人と握手をしてもいいか」と言って、握手を求めたという。そこには田中さん、マイケル、そして、掃除夫の男性のみ。そのとき、田中さんはマイケルの心のやさしさを痛烈に感じたという。
 
僕は、1983年8月5日に図らずもマイケル邸を訪れたときの話を、写真とともに紹介した。このとき、真夏のさなかにかかわらず、マイケルだけ長袖のサマー・セーターを着ていた。他の人たちは、みな短パンTシャツだったにもかかわらずだ。そのときの写真を見せつつ、質問したときの答え、「僕は医者から太陽にあたってはいけないと言われてるんだ」という返事が、そのときはよくわからなかったが、記憶の片隅に残った。それから10年くらいたってマイケルがオプラのインタヴューで、「自分は皮膚の病気で、肌が白くなっていく、色素が落ちていく病気なんだ」ということを告白する。そのときに、1983年真夏のマイケル邸でのセーター姿がよみがえった。そのときはなにかなにもわからなかったが、まさに点と点が繋がった瞬間だった。といった話をした。
 
また、ここ10年以上、マイケルがかつて出した楽曲のメッセージが大変重要な意味を持ってきているという話をした。



 
1995年に作られた「アース・ソング」のライヴでの映像を見ながら、戦車の前に立ちはだかるマイケル。銃を向けていた兵士がその銃を下ろし、涙を流し、そこに少女が一輪のひまわりの花をもってくる。ひまわりは、現ウクライナを代表する花でもある。これはまるで、現在のウクライナ戦争を予言するかのような映像でもある。

https://www.youtube.com/watch?v=buCdGwH2Efc

 
僕はまた、マイケルがあまりに歌とダンスがずば抜け過ぎていたために、みんながそこばかりに目を向けるため、彼がもつ社会性、社会的なメッセージに人々が気づかずにきてしまったということをお話した。
 
それにしても、マイケルについて話をしていると、本当に今の世界に対して、マイケルは何といい、どんな楽曲をだしていたか、聴いてみたいと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=0NHA0SwCY8k

 
最後のエンディングは、マイケルの「スマイル」を聞きながら、イヴェント終了。その後、近くの居酒屋で懇親会が行われた。
 
Setlist
 
Show started 18:45
1.    Opening Live At Bucharest
2.    Tanaka Akira-san’s Photos
3.    Yoshioka’s Photos
4.    Opera Interview, Michael On Moonwalk
5.    Origin Of Moonwalk
6.    Earth Song
7.    Smile
Show ended 20:45
 
 
六交会第415回・没後14年のマイケル・ジャクソン その愛と音楽・今大切な『ヒール・ザ・ワールド』の思い~人間マイケルの素顔:個人的に信頼され、よき理解者だったゲスト2人の初トーク
 
トーク 田中章、吉岡正晴
司会 奥田貞之
会場 渋谷区立勤労福祉会館 2階 第1洋室
 
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ENT>MICHAEL JACKSON
 



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