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未明の砦 太田愛

太田愛は、いわずとしれたドラマ「相棒」の脚本家たちの一人である。
彼女の脚本の回は、とても人気がある。
特命係という、まあ、警視庁の中のお荷物というか、あってもなくてもいいような部署なんだけれど、でも、本当は、頭脳の中心みたいな曖昧な存在を描くことができる、力のあるライターである。
今までも、長編小説を多々書いてきているが、どれも、読みごたえがある作品となっている。

そして、「未明の砦」である。
私は「ロストケア」(葉真中顕)を「最後の砦」を描いた小説だと思ったが、この作品は「未明」の砦なので、これから夜が明けるところ、という希望を描いた小説だと思う。
ただし、希望に至るまでの、厳しくつらい道のりの小説である。
社会の片隅で、機械の部品のように使い捨てされる労働者の、救いようのない負のスパイラルから、どうやって、彼らは抜け出そうと考えたのか。
そして、そこまでの行動力を、誰が支えたのか。

「モダンタイムス」というチャップリンの映画が作成された時代と変わらない、非正規労働者の置かれた立場。
工場の機械は、メンテナンスして大事に扱われるが、作業員は使い捨てされるという事実。
冷暖房もなく、夏は40度を超える暑さの中で、流れてくる自動車の部品を組み立てるために、汗も拭けない。
そのような過酷な環境の中では、体調不良や死亡する人も出る。
これは、大手自動車会社の工場の労働者がストライキをする話だ。
ごく最近に実際にあった出来事をモデルにしている。

今の日本では、非正規労働者が、現場を支えていると言っても過言ではない。
大手自動車工場でも、非正規労働者は、正規労働者と同じ仕事をしている。
正規労働者は「自分たちは正規労働者だ。あいつらとは違う。」と非正規労働者を下に見ることで、プライドを保っている。

製造ラインでは、部品が流されてくるスピードに、人間の動きを合わせなくてはならない。
工場のなかでは、人間が一番下である。
人間の中でも「正規」が上で「非正規」が下である。
3交代勤務で、工場の寮かバスで送迎され、帰ると疲労で眠るだけという厳しい生活をしている。

そのような労働者の中の4人の青年が、ある夏、一人の先輩に海辺の家に招待され、その近くに住む一人の女性の「文庫」で本を読む機会を得て、法律や歴史に目覚め、人権を守るために闘いはじめる。
彼らはこの過酷な状況で、どのように自分たちの人権を回復することを可能にしていったのか。

ものすごくワクワクしながら読んだ。
これは昔の話ではない。
今の話なのだ。

吉祥寺駅前に、公安が張り付いて、自動車工場の非正規労働者4人を追い求めるところから、話が始まる。
なぜ、公安は、この4人を追い詰めなければならないのか。
吉祥寺駅前はいつでも混雑していて、おまけに道幅が狭く、焼け跡闇市の名残のハモニカ横丁をはじめ、路地が多い。
だから、公安ですら、4人の尾行に失敗し、彼らの行方はつかめない。
その後、想像を絶する方法で、4人は集まり、仲間を募り行動を起こしていく。

なんだか、現代の冒険小説を読んでいるようで、血沸き胸躍る感覚を久しぶりに満喫した。

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