スタジアムは「内と外が逆転した新たなユートピア」。「サッカーを見る場所」であり「応援する場所」であるのは当然だが、サポーターにとっては、それらにとどまらない。

サポーターにとってスタジアムは、どのような場所なのだろう。私が行ったアンケート調査によれば、ホームスタジアムで観戦をするときにスタジアム内で会話をする相手が2名から10名いると回答しているサポーターは47︎%。スタジアムを「仲間や友達と過ごす場所」と回答しているサポーターは45%。スタジアムは「サッカーを見る場所」であり「応援する場所」であるのは当然だが、サポーターにとっては、それらにとどまらない。

スタジアムは応援するだけではなく「交流」の場所になっている。

思想家の東浩紀氏と、フォトグラファーの大山顕氏は、ゲンロンカフェでの対談でショッピングモールを「砂漠の中のオアシス」と見立てた。大山顕氏によると、ショッピングモールの外観写真を撮影しようとすると、どうしても上手く撮影できないのだという。理由は、ショッピングモールは「内と外が逆転している」構造だから。ショッピングモールの姿を見て象徴的に伝えるのは、外観よりも吹き抜け空間なのだと。まるでトマス・モアの「ユートピア」で描かれる島のように、ショッピングモールの本質は、外部社会から隔離された快適な内装にあるので、建物の外観に対して、人々はあまり意識をしていないというのだ。

ショッピングモールは「内と外が逆転した新たなユートピア」。

「ユートピア」は英国の思想家トマス・モア(1478~1535年)が描いた小説。思想書としても捉えられている。ここ登場するユートピア島は、もともと大陸の一部だったものを切り離して島にして、さらにそのなかに浮島をつくっている。外の世の中から切り離された理想の中庭が島の世界が内部に存在する形状になっている。機動戦士ガンダムの舞台にもなった「スペースコロニー」の構造も「ユートピア」の影響を受けているといわれる。

「ユートピア」のような形状の構造物はゲンロンカフェでの対談で挙げられたショッピングモールだけではない。地球上に存在する、もう一つの建造物がスタジアムだ。

個性的な特徴がある外観で有名なスタジアムはアリアンツ・アレーナ(ミュンヘン)、サン・シーロ(ミラノ)、エスタディオ・ムニシパル・デ・アヴェイロ(ブラガ)、パンチョ・アレーナ(フェルチュート)、そして、黒川紀章の遺作となったクレストフスキー・スタジアム(サンクトペテルブルク)など世界に一握りしかない。スタジアムの表情といえばピッチの側。これは、ショッピングモールの吹き抜け空間に相当する。そしてスタンドは急傾斜で高さが高ければ高い程よい。外部社会がスタンドで遮られて目に入らなくなるからだ。

スタジアムの中にいれば、日々の仕事など嫌な思いをしながら過ごした毎日から遮断される。

できればスタンドは、同じ思いで週末に集まる同志たちの顔で埋められていると、なお良い。そんなスタジアムで、「週末の家族」ともいえる仲間たちと、サポーターは歌い、叫び、手を叩き、ピッチの上のプレーに一喜一憂し、飲み、食べ、喋り、休日を過ごす。スタジアムは、サポーターにとって、忙しい毎日から自分を隔離してくれる。まさしく、外部社会から隔離された快適な「ユートピア」なのだ。

こちらのイベントの登壇することになりました。ぜひお越しください。
お申込みはこちらより。
12/19(水) OPEN 18:30/START 19:30/END 21:30予定
高円寺・スポーツ居酒屋KITEN!


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日本のサポーター論の入口

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