ワールドカップ代表選考とサポーターの恨み 日本のサポーター史の入口

FIFAワールドカップ2018ロシア大会のメンバーが発表された。監督から長く離れ、リーグ戦で選手を自ら確認する機会のほとんどなかった西野監督は、過去の実績や欧州のメジャーなサッカー大国でのプレーを重視したとみられる。

選手にとっては、ワールドカップに出場できるかできないかは、今後のキャリアを大きく左右する。

Jリーグが開幕する以前のことだが、読売クラブ(現東京ヴェルディ)の監督ペペは、ラモスやカズからの戦術に関する提言を一通り聞いた後に、こう言って全てを却下したのだという。

「で、君はワールドカップに出たことがあるのか?」

これは、もう、日本の国内リーグがプロ化する以前の昔話で極端な例だ。だが、当時よりもワールドカップの大会としての価値は上がっている。例えば、選手の移籍の際にも、出場経験があれば高い評価につながる。

ワールドカップに出場できるかできないかでは天と地ほどの違いがある。

2018年5月31日のメンバー発表は生中継された。通常であれば勤務時間とされる昼間ではあったが、多くのサポーターが固唾を飲んで、この中継を見守った。

サポーターには愛するクラブの選手を選んでほしいという想いは強い。

ギリギリでの落選があると、監督はサポーターからの強いバッシングを受ける。その勇気をもって監督は有力な選手をメンバーから外さなければならない。

「外れるのはカズ。」

岡田監督はFIFAワールドカップ1998フランス大会のメンバー発表では岡田監督(当時)が「外れるのはカズ、三浦カズ」と発表。日本中に大きな衝撃を与えた。カズはJリーグ開幕からワールドカップ予選突破までを支えた日本サッカーのスーパースターだったからだ。

「『フットボールそのもの』については、『W杯だから特別』ということはあまりない。メンバー選考についても前回と変わらない。チームが勝つためのメンバーを選ぶ。『能力が高い順に23人を選ぶ』ということではない」という明確な理由をもって選手選考をしていた岡田監督だったが、サポーターからのバッシングは凄まじかった。後にリクルートエージェントのインタビュー記事でこのように語っている。

脅迫状や脅迫電話はしょっちゅうで、自宅をパトカーに24時間守ってもらった時期もありました。表には一切出しませんでしたが、裏ではのたうち回りながらやっていたんです。勝つための決断を下す立場になるとはそういうことです。どれだけ叩かれても、家に帰れば「ご苦労様」と家族に迎えてもらえたから、プレッシャーと戦えたのだと思います。

地元開催となったFIFAワールドカップ2002日韓大会では、最終選考で中村俊輔が外れた。トルシエ監督(当時)は後に外した理由を「彼は(足首)を故障していた。W杯直前に3週間のスペイン合宿に彼を連れて行ったが、一度もみんなと同じ練習メニューができなかった」と語った。当時は「中村は素晴らしいプレイヤーであるが、私の戦術内では機能しない」「ベンチで雰囲気悪くする奴は呼ばない」と報じられた。

アイドルだった中村俊輔を愛する横浜F・マリノスサポーターからトルシエ監督は大バッシングを受けた。

特に女性サポーターからトルシエ監督への反発は猛烈。顔も見たくないう状態だった。横浜F・マリノスサポーターの間で「まぁ、トルシエが俊輔を外したのも、なんとくなく納得できるよ。」という会話を普通にできるようになのは、2017年に中村俊輔がジュビロ磐田に移籍する際に、クラブや監督に対する強い不満を発言したことからだった。「きっと、あのときも俊輔は起用されないことに不満を表明していたのだろう・・・」と。

横浜F・マリノスサポーターの恨みが少し解けるまでに15年間を要した。

今回の西野監督は選手とのコミュニケーションを重視したのか、サポーターとの間でバッシングや論争が起きにくそうな、過去の実績、ベテラン選手を重用するメンバーを発表した。「忖度ジャパン」といわれる「恨みを買わないメンバー選考」。はたして、日本代表はFIFAワールドカップ2018ロシア大会を好成績で終えることが出来るだろうか。


「日本のサポーター史」では、過去のサポーターの出来事をまとめて掲載しています。


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石井和裕 @ece_malicia

+KeLサポーター研究所所長。元なでしこリーグ冠スポンサー担当者「『世界一の女子』好き」。著書「横浜F・マリノスあるある」「サポーター席からスポンサー席から: 女子サッカー 僕の反省と情熱」「日本のサポーター史」「サポーター3年生からの日本のサポーター論」。

日本のサポーター史の入口

東京五輪を前にスタートした日本のサポーターは、どのように歩んできたのか、日本のサポーター史の入口をご紹介します。
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