翻訳を仕事にしたい人達(痔疾予備軍)へ

「もっと安く」「もっと早く」「これぐらい込みで」にどう対処するか。

翻訳家はみんな痔だと思う。痔じゃない翻訳家手をあげて。

翻訳は、翻訳量・価格・期限の条件を譲ってしまうと、譲ったぶん、自分の身を削り時間を削り健康を削り人生を削るしかなくなる仕事である。

クライアントは「100匹たい焼きお買い上げいただいたからおまけに5匹つけちゃうね!」というノリを期待して「100ページも注文しているのだから5ページの追加ぐらい込みにしろ!」というかもしれない。

しかし翻訳で価格を落とすというのは、原価50円で本当は200円で売りたいものを150円にまけるような、単に入るお金が少なくなるだけの問題ではない。

翻訳にかかる時間は、テキスト自体の難易度や専門性、自分の母国語に訳すのか外国語に訳すのかにもよって大きく違ってくる。だが出版用のものであったりすれば「意味さえ通じればよい」という翻訳はできないので、5枚増えることで10時間や20時間労働時間が増えたりする。

しかもその労働は、根詰めた持続的な集中の必要な労働である。
たいてい痔になる。

そのことを一回説明して「大量注文だからといっておまけはできない」といっても、「理解できない/したくない/信じられない」クライアントは多い。なかには「今回は大量ではないが次からは大量注文をするかもしれないので安くしろ」という人もいる。
仕事を注文をするのに、受注する側の内情まで知る必要はないので、クライアントが翻訳という仕事に理解がないのは、いた仕方のないことかもしれない。しかし、こちらも相手が理解しないからといって譲る筋合いもない。その場合はよそをあたっていただくのが得策である。

なぜなら、納得してないクライアントと無理に仕事しても、未払いや後だしでのテキスト追加(追加料金なしで)などのトラブルが多いからだ。さらにその手の人間は、こちらが譲歩しないと、怒ったり、こちらの人となりの批判をはじめたり、よそにいって悪い評判を立てようとしたり、結局こちらは嫌な思いしかしないことになる。

「私以外できそうな人が今のところいないけど急いでいる」などといった理由でどうしても私に頼みたい人には全額前払いしていただくしかない。というかもう最近は新しいクライアントは全額前払いしてくれる人しかとらない。

「全額前払いでないと翻訳を始めない」

これを守るようにしてからストレスはかなり減った。1週間根詰めて訳したあと入稿したら「あれからあなたより安い人が見つかったのでそちらに頼んだから払わない」と言われたり、支払わせるために一年もストーカーのようにメールや書留を送ったりしなくてはならないことがなくなった。
踏み倒しもなくなり仕事量は減ったが収入は変わらなかった。

これは勘違いされやすいのだが、別に私が神のような名翻訳者といことでは全くない。 「私は有能だからお高いのよ」などということは思ってない。有能かどうかは翻訳終了後にクライアントが判断することである。

生活のためにしているはずの仕事なのに、それで自分の身を削って健康や生活が壊れてしまうのでは意味がない。自分の生活と労働条件を守るのは自分しかいない状況で、条件に納得のいってないクライアントと無理に仕事しない。ただそれだけの話である。これは自分の労働条件、健康、人生を守るために必要なこと。子供がいる人は、自分の健康や時間だけでなく子供との時間も守らなくてはいけない。

翻訳は、物理的にはどこでもできる(たとえば家でもできる)が、だからといって、家事や育児をやりながらできるような仕事ではないからである。しかし、その実態がイメージできる人は実際に翻訳を仕事としてきちんとやったことがある人しかいない。

これが右のものを左に流す商売であれば、「原価50円のものを200円に売りたいが、150円にまける商人」は安くしたり大量買いの人にお愛想でおまけに何個か無料でつけることによりより多くの人がたくさん買ってくれてより儲かるかもしれない。こうした商売では愛想は大事だ。

しかし翻訳は、お愛想で安くして、そのことにより、「その値段ならおれもおれも」と人だかりができたらどうなるか。長時間低賃金労働で死ぬ。翻訳は自分の時間と集中力を売る仕事。安くすることでいくら客が増えても自分の生活はきつくなるだけで良くならないのである。

低価格短期の要請に応じられないというと、「同じ日本人でしょ?」「あなたそうやってると仕事なくなっちゃうよ」などと相手が説教だか説得だかくわからないモードに入って食い下がることもある。そういうときはなおさら断固として他の人を探してくださいとお断りする。

確かに、条件を譲歩しまくって激安短期間で良い仕事をすると、当然満足したクライアントは他のクライアントを連れてくる。客は増えるだろう。ただ彼らが連れてくる人たちはみな激安短期間高クオリティ希望者である。
無料で翻訳をすれば相手は喜んでくれる。クオリティが良ければなおさらである。そしてさらなる無料翻訳希望者を連れてくる。

スタート時点では、仕事欲しさに、とりあえずは経験を積むことが大事だと思い、無料や激安で引き受けてしまう人は多いようだし、私もそうだった。でもそういう仕事ともいえない半ボランティアをいくらやっても、職業といえるような仕事にはつながらない。これだけは覚えておいたほうがよい。

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