大滝詠一『暑さのせい EP』全曲解説

2023年8月30日に8cmシングル『暑さのせい EP』が発売された。

「暑さのせい」がポカリスエットのCMソングになったことと、8cm短冊シングルが35周年を迎え「幸せな結末」の8cmシングルが2023リマスターで再発されたことなどがあり、今回の『暑さのせい EP』の発売につながったと思われる。

SpotifyやApple Musicなど各種サブスクリプションサービスでも配信されている。

本記事では8曲9トラックのバージョン違いについて解説する。楽曲そのものの音楽的な解説はしない。

暑さのせい (Single Version 30sec & 15sec)

「暑さのせい」は2023年3月21日に発売された『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK』で蔵出しされた楽曲だ。

『大瀧詠一』(1972年)収録の「あつさのせい」を元にしたと思われる。おそらくCM用にデモテープを作ったが、採用されずにお蔵入りしたのだろう。

左チャンネルでリズムボックスが鳴り、右チャンネルでギターが鳴る。センターから大滝詠一のボーカルとベースが聞こえる。間奏は口笛。

3つのバージョンともミックスは同じ。もともとの音源がデモテープでありマルチトラックテープは残っていないと想像するのが自然だ。

3つのバージョンの演奏時間を比較すると以下のようになる。

  • 『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK』収録バージョン:51秒

  • Single Version 30sec:38秒

  • Single Version 15sec:19秒

『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK』収録バージョンの構成は以下のようになっている。

《イントロ》
それは 暑さのせい
それは 暑さのせい
じっとしちゃ いられない
それは 暑さのせい
《間奏①》
それは 暑さのせい(※)
《間奏②》
それは 暑さのせい
《アウトロ》

Single Version 30secの構成は以下のようになっている。

《イントロ》
それは 暑さのせい
それは 暑さのせい
じっとしちゃ いられない
それは 暑さのせい
《間奏》
それは暑さのせい
《アウトロ》

Single Version 15secの構成は以下のようになっている。

それは 暑さのせい(※)
《間奏》
それは 暑さのせい
《アウトロ》

おそらくポカリスエットCMのために『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK』収録バージョンを編集して作ったのがSingle Version 30secとSingle Version 15secだろう。

Single Version 30secは『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK』収録バージョンでは2回あった間奏が1回になっており、その間に挟まれた※の部分がオミットされている。※の部分だけ「暑さのせ~え~え~い」と歌いまわしを変えているので判別しやすい。

Single Version 15secは※部分から始まる。つまり『大滝詠一 NOVELTY SONG BOOK』収録バージョンの後半部分だけを抜き出したものである。

あつさのせい (もうメロメロ編)

大瀧詠一は1974年7月11日に「第11回三ツ矢フォークメイツ・フェスティバル」に出演した。

「三ツ矢フォークメイツ」は文化放送で放送されていたラジオ番組(パーソナリティ:小室等)で、この日のライブはラジオで放送することを前提とした公開録音だった。

バンドメンバーは……

  • 伊藤銀次 (Guitar)

  • 田中章弘 (Bass)

  • 上原"ユカリ"裕 (Drums)

  • 岡田徹 (Piano)

  • 駒沢裕城 (Pedal Steel Guitar)

  • 稲垣次郎セクション (Horn Section)

  • シンガーズ・スリー (Chorus)

この日、大瀧詠一は「あつさのせい」をカリプソ風のアレンジで演奏した。

この日のライブはオーディエンス録音と思われる音源が出回っておりYouTubeにもアップロードされている。11分10秒辺りからが「あつさのせい」である。

今回『暑さのせい EP』に収録された音源とYouTubの音源を聴き比べると、『暑さのせい EP』収録バージョンの音質の良さにびっくりする。ただしAMラジオでの放送のためにミックスした音源だからモノラルである。それでもボーカルや楽器のニュアンスは精細に感じることができる。

できれば出し惜しみすることなくライブ全編を商品化してほしい。

Summer Lotion (Original Mix)

資生堂の化粧水のCMソングで『Niagara CM Special Vol.1』などに収録されている。ボツになったが1回だけオンエアされたらしい。

ここでもまた「女性用化粧品に男の声は駄目だ」と、資生堂の責任者からクレームがついて「サマーローション」はボツになってしまった。

しかし、どういうわけかこの時もたった1回だけ、そのCMがオンエアされていたのだという。

https://www.tapthepop.net/extra/17043

ナイアガラのバージョン違いといえば2006年に閉鎖してしまった個人サイト「ねのすけの趣味趣味SONGBOOK」を参照するに限る(個人的にホームページをローカルに保存している)。

「ねのすけの趣味趣味SONGBOOK」によると「Summer Lotion」には『Niagara CM Special Vol.1』などに収録されたミックスと、オンエア用に作ったミックス(=Original Mix)があり、その違いは「Vocalが立っている他、エコー処理などに違いあり」とのこと。

Original Mixは1981年12月2日に発売されたボックスセット『NIAGARA VOX』のなかの1枚である『MORE NIAGARA ALL STARS』で初めて商品化された。

2011年3月16日に発売された『夢一夜~ONアソシエイツ CM WORKS プロデューサーズ・チョイス VOL.2』にも収録されCD化されている。

Hankyu Summer Gift (Extended Version)

阪急百貨店のお中元のCMソングである。

こちらも「ねのすけの趣味趣味SONGBOOK」を参照したが記載はなく、私自身も初めて聴くバージョンだった。おそらく初出のようである。

『Niagara CM Special』(1995年)収録バージョン:1分2秒
Extended Version:1分40秒

Extended Versionのほうが約38秒長い。

まず『Niagara CM Special』収録バージョンはイントロに3秒ほどパーカッションの音があるのだが、Extended Versionではそれがオミットされている。

『Niagara CM Special』収録バージョンの構成は以下のようになっている。

《イントロ》
ぱっぱっぱっぱっぱっと まぶしく
ぱっぱっぱっぱっぱっと まぶしく
ちょっちょっちょっちょっちょっと はしゃいで
ちょっちょっちょっちょっちょっと はしゃいで
さっさっさっさっさっと さわやか
さっさっさっさっさっと さわやか
今年の夏は
今年の夏は
《アウトロ》

Extended Versionの構成は以下のようになっている。

《イントロ》
ぱっぱっぱっぱっぱっと まぶしく
ぱっぱっぱっぱっぱっと まぶしく
ちょっちょっちょっちょっちょっと はしゃいで
ちょっちょっちょっちょっちょっと はしゃいで
さっさっさっさっさっと さわやか
さっさっさっさっさっと さわやか
今年の夏は
今年の夏は
《間奏》
今年の夏は
今年の夏は
《アウトロ》

《間奏》は未発表の音源ではなく、「ぱっぱっぱっぱっぱっと まぶしく」から「さっさっさっさっさっと さわやか」の部分のボーカルを抜いたカラオケのようだ。

マルチトラックテープを編集して作ったExtended Versionということだろう。大瀧詠一が生前に作ったバージョンか、今回『暑さのせい EP』のために新たに作ったバージョンかはわからない。

Velvet Motel (Strings Mix)

「Velvet Motel」は『A LONG VACATION』(1981年)に収録されている楽曲である。その初出となる別ミックスだ。

大瀧詠一の没後「夢で逢えたら (Strings Mix)」や「幸せな結末 (Album Version)」などストリングスとボーカルだけのミックスが発表された。それと同じ趣向のミックスである。

ただし(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなどの)ストリングスとボーカルだけでなく、印象的なアコースティックギターのストロークも聞こえる。アコースティック・ギターも弦楽器なのでストリングスの一種ということだろう。アコースティック・ギターまでオミットしてしまうと楽曲の魅力が伝わらないという理由もあるかもしれない。

大瀧詠一が生前に作ったミックスか、今回『暑さのせい EP』のために新たに作ったミックスかはわからない。

夏のペーパーバック (20th Anniversary Version)

「夏のペーパーバック」は『EACH TIME』(1984年)に収録された曲である。20th Anniversary Versionというのは『EACH TIME 20th Anniversary Edition』(2004年)に収録されたバージョンという意味である。

『EACH TIME』のバージョン違いに関してはtuesdaybreakheartさんのブログが詳しいのでそれを参照されたい。

「夏のペーパーバック」に関しては①イントロ、②間奏のサックス、③フェイドアウトのタイミングの3点が異なる。

簡単に説明すると『EACH TIME Single Vox』『Complete EACH TIME』『B-EACH TIME LONG』『EACH TIME 30th Anniversary Edition』はイントロも間奏もオリジナルとは別バージョンなのだが、『EACH TIME 20th Anniversary Edition』にはイントロは通常だが間奏のサックスは別テイクとなっているバージョンが収録されている。

現在サブスクリプションサービスでは「夏のペーパーバック」は4バージョンが配信されている。まとめると以下のようになる。

「夏のペーパーバック」のオリジナルバージョンは配信では『夢で逢えたらEP』に収録されているバージョンである。ちなみに『EACH TIME』というタイトルで配信されているアルバムは『EACH TIME 30th Anniversary Edition』のディスク1である。

夏のリビエラ (SNOW TIME Version)

森進一に提供した「冬のリヴィエラ」(1982年)を英語詞でセルフカバーしたものである。

大滝詠一は1983年7月24日に西武球場で行われた「ALL NIGHT NIPPON SUPER FES. '83 ASAHI BEER LIVE JAM」に出演した。ソロとしては最後のライブ出演となった。

このときに大滝詠一はステージで「夏のリビエラ」を歌った。

ライブ録音のオケをバックにボーカルを歌い直したものが『SNOW TIME』(1985年)に収録された。当初『SNOW TIME』はプロモーションのために配布されたのみで一般発売されなかった。1996年に一部収録曲を入れ替えて一般発売された。

2014年に発売されたベストアルバム『Best Always』にも同じバージョンが収録されている。

2016年に提供曲を大滝詠一が歌ったバージョンが収録された『DEBUT AGAIN』が発売された。本作に収録された「夏のリビエラ」は『SNOW TIME』や『Best Always』に収録されたバージョンと異なり、もともとのライブではあったシンガーズ・スリーによるコーラスが復活している。

今回は『SNOW TIME』収録バージョンが『Best Always』から約9年ぶりにCD化されたことになる。

サブスクリプションサービスでは『Singles & more』に収録されている「夏のリビエラ ~Summer Night In Riviera~」が『SNOW TIME』や『Best Always』に収録されたバージョンと同一だと思われる。

真夏の昼の夢 (Strings Mix)

【2023年8月31日追記】Promotion Vertionとの比較が不十分だったので、以下全面的に書き直しました。

「真夏の昼の夢」は『NIAGARA CALENDAR '78』(1977年)に収録されている楽曲である。そのストリングスとボーカルのみのミックスだ。

実は「真夏の昼の夢」のストリングスとボーカルのみのミックスは一度世に出たことがある。1984年にリリースされたプロモーション限定12インチシングル(XDAH-93036)のB面に収録されている。

このバージョンは『NIAGARA CD BOOK II』(2015年)のなかの1枚の『Niagara Rarities Special』に収録されCD化された。現在では各種サブスクリプションサービスでも聴くことができる。以下、このバージョンをPromotion Versionと呼ぶ。

  • Promotion Version:4分58秒

  • 『暑さのせい EP』収録バージョン:2分45秒

Promotion Versionは2分28秒あたりまでが『NIAGARA SONG BOOK 2』に収録されているストリングスバージョンで、2分29秒あたりから『NIAGARA CALENDAR』収録バージョンからストリングスとボーカルのみを抜き出したミックスにつながる。

このときストリングスはピチカートから始まる。これは『NIAGARA CALENDAR '78』や『NIAGARA CALENDAR '81』で1秒から聞こえるピチカートである。

『暑さのせい EP』収録バージョンとPromotion Versionの後半は楽器の定位やエコー感など基本的に同一である。

【2023年8月31日修正】以下の記述が誤りであるとtuesdaybreakheartさんからご指摘を受けて聞き直したこと誤りであることがわかりました。訂正して修正いたします。

だが、件のピチカートが始まるのは19秒からである。おそらくそれ以前に聴くことができるストリングスのイントロは今回が初出ではないかと思われる。

『暑さのせい EP』収録バージョンが大瀧詠一が生前に作ったミックスか、新たに作ったミックスかははわからない。

ただ、『NIAGARA SONG BOOK 2』に収録されているストリングスバージョンと、今回発表された『暑さのせい EP』収録バージョンのイントロを削ってつないだものがPromotion Versionだと考えるのが自然である。

だが、件のピチカートが始まるのは19秒からである。では0秒~19秒はというとこれはPromotion Versionの2分9秒から2分28秒までと同一である。

Promotion Versionの前半をオミットし2分9秒以降のみを取り出したのが今回の『暑さのせい EP』収録バージョンだと考えられる。