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memories (but even now) of‥#3

2020年の8月、Gigagryllusという新種のコオロギが発見されたという。

Gryllusという種は既にいて、画像で見るとコオロギの中でもかなり大きい
部類に入ると思われる。

その頭に“Giga”とつくのだから、相当大きなコオロギなのだろう。Gigagryllusの説明文には、“巨大な”という形容詞が見て取れる。
画像を検索したが、どれがGigagryllusなのか、判別がつかなかった。

とにかくかなり大きいコオロギ、とみて間違いあるまい。
発見されたのは、コロンビアの中部マグダレナという所らしい。

コーヒーの産地として有名だというのは聞いた事がある。

グーグルで見ると、マグダレナと名のつく地名が10か所以上あって
(中にはマグダレナ川という川もあった)、赤いマークが一杯出て
くるのだが。

それらマークの群れの真ん中、下の方にネバドデルルイス火山
(トップ画像の山)という山がある。

南米アメリカ大陸の西側を南北に走っているアンデス山脈の上の方に
位置する山で、アンデスの山の中の一つだ。

38年前の今日、1985年11月13日に起きたこの山の噴火は、“アルメロ
の悲劇”と言われており、現地の人は今なお、この山を“眠れる獅子”
と呼んでいるという。

噴火自体は、“爆発指数3”とそれほど大規模なものでは無かったらしい。
(指数は0から8まであり、3は“やや大規模”と定義されている)

15時くらいに本格噴火となり、21時頃最高潮となったようだが、その
噴火によって生じた火砕流が山の雪や氷を溶かし、ラハールと呼ばれ
る大量の泥流となって山の東側斜面を流下。

最大幅50m、発生から2時間半で100km以上流れて、麓のアルメロを
直撃した。

死者約21,000人は、人口28,700人の4分の3にあたる。

これを含め、
噴火による死者約23,000人、負傷者約5,000人、家屋損壊約5,000棟。

20世紀における火山噴火で2番目の被害者数だという。
(1位は1902年のプレー山の噴火、約30,000人)

※数値はいずれもwikiより

以前から偽情報が多かった為、その後、再噴火の警告もあまり聞き入れ
られず、さらに市民のパニックを恐れた市長がラジオで「噴火はない」
と終始放送を続けた為、近隣住民がその日の祭りに駆け付けた事で、
被害が大きくなったそうな。

さらに市長さん、その後被災して亡くなられている。
西周の幽王かよ、と不謹慎ながら言いたくもなってしまう。

※西周の笑わない王妃、褒娰(ホウジ)が間違えて鳴らされた緊急招集
の鐘に駆け付けた兵や将軍が、間違いとわかってあっけにとられる様を
見て大笑いしたのに味をしめた幽王。
王妃の笑顔見たさにその後鐘を鳴らしまくった為、本当の敵襲の時は誰
も駆け付けずに、国は滅んでしまったという。
(王の愚行につけこんだ策略だったという説もあるが、まあ、ともかく)

空蝉要約

この災害はUNESCOにより、「正確な知識の不足と情報伝達の不備に
よる世界最悪の人災による悲劇」ワースト5の一つとして認定されて
いる。

当時、この災害を連日ニュースで大きく取り上げていた。
大阪にいた頃。

気の強い叔母が、「なんで?なんで?」とテレビを見て何回も呟きながら、
泣いていたのをよく覚えている。

未曽有の大災害が襲った事ももちろんあるが、テレビの尺があれ程長く
この災害に費やされた理由はそれだけではなかったと思う。

コロンビアの山の麓にある小さな村に、世界中の目を引き寄せたのは
当時13才だった一人の女の子だった。

名をオマイラ・サンチェス・ガルソン。

(以下、内容は全てwikiから)

災害発生から数時間後、瓦礫の山から彼女の手が突き出ているのに気づい
た救助隊は、1日のうちにタイルと木材を取り除き、彼女を引き抜こうと
した。

が、彼女の足は、家の屋根の下に閉じ込められており、骨折させずに引き
抜くのは不可能だと分かった。

また救助者が彼女を引っ張るたびに、水が彼女の周りに溜まり、手を放す
と溺れてしまう可能性があったので、救助隊員は彼女を浮かせる為にその
体の周りにタイヤを置いた。

細部の状況を見る為潜ったダイバーは、サンチェスの足がレンガとドアの
下に引っかかっており、叔母の遺体の腕が彼女の足をしっかり握っている
のを確認した。

それからこの救助活動は、のべ60時間にわたって続けられ、その間、
泥水に浸かったままサンチェスは、冷静さを失わなかったという。

ボランティアで救助活動に参加していたジャーナリストのヘルマン・
サンタマリア・バラガンのインタビューを受けたり、救助隊は歌が
好きなサンチェスの為に歌を歌いながら作業を続けたらしい。

そしてサンチェスは甘い食べ物を求め、ソーダを飲み、時々、怖が
って泣いたり、祈ったりしたそうだ。

“災害から3日目の夜、サンチェスは「学校に遅刻したくない」と言って幻覚を起こし始め、数学の試験について語った。サンチェスの目は赤くなり、彼女の顔は腫れ、手は白くなった。”

wikiより

泥沼と化した現場の不安定な地盤では、瓦礫を撤去する重機を搬入する
事もできない。

水位を下げる為のポンプが到着した時、ほとんど死にかけていた彼女の
両足はひざまずいているかのようにコンクリートの下で曲がっていて、
足を切断せずに彼女を解放する事は不可能だったという。

切断する為の医療器材も不足していて、水中で足を切断すれば出血が止
まらなくなる恐れもある中、救助活動に参加していた医師たちは“人道的”
な決断を下すより他無かったようだ。

“サンチェスは死を覚悟したのか、救助隊員に現場から離れるよう
懇願した。

「おじさんたちも疲れたでしょう。少し休んでちょうだい」。“

wiki
この笑顔がいつも思い起こさせてくれる。
”お前はBestを尽くしたのか?考えられるやれる事全てをやり切ったのか?”
と、自分に問いかける事を。


1985年11月16日、午前10時5分頃。


冒頭に書いた、2020年の8月、この地方で発見されたGigagryllusという
新種のコオロギには、正式な学術上の名称がある。

Gigagryllus omayrae n。Gen et n。sp。

Gigagryllus”オマイラ”

オマイラ・サンチェス・ガルソンの記憶に捧げられ、命名された
のだそうだ。


・・・・・巨大コオロギかぁ。

(ちっともかわいくないじゃん!)とむくれてはいまいかと、
少し心配ではある。

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