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寒空の下での所感

最近はよく大学生の頃の記憶が蘇る。底冷えの夜中に近所の郵便局まで荷物を出しにひとり自転車を漕ぐ時。今日みたいになんとなく会社に行きたくなくて有休を取り、家族がみんな出かけた後のがらんとした部屋の中で、ぼんやりテレビをみている時。当時住んでいた近所で殺人事件が起きて、それがニュースで流れていた時。あのラーメン屋ってきっともうないよな。。。あの銭湯、まだあるかな。あのカフェにまた行きたいな。。。いろいろな景色や街並みの映像が浮かんでくるのは、ここ数日の刺すような寒さの感覚が、当時とそっくりだからなのか。10度を下回る寒さは人の孤独感を際立たせて、基本的にいつも一人で行動していた当時の孤独へと意識がリンクするのかもしれない。

仕事で人と交わることが好きな人は、恵まれている。そういう日々を楽しく過ごすことができるから。しかし自分にとっては、苦痛とまではいかないが、仕事上の人との交流はさっさとやり過ごすべきものである。人と会話をするときは会話の流れを断ち切るような唐突なことを言ってはならない。相手がきっと冗談を言っているのだろうな、というようなときは、笑みをうかべなければならない。ブスッとしていたら印象が悪くなるので、目を見開いて口角をやや上げ、声のトーンも高めに設定しなければならない。仕事をどう片付けるか、という話だけしていれば良いものでもない。時には冗談のひとつも言ってみて、快活な雰囲気を作り出さなければならない。部署組織のあり方、方向性などの議論には興味ありげに相槌をうちながら耳を傾けなければならない。そしてそれら全ての項目に、全く興味を持てない自分がいる。そうした活動に楽しそうに参加している人たちは、本当にすごいと思うと同時に、全く共感ができない。きっと彼らはあの啓発本のバイブルとも言うべき『七つの習慣』などを人生の指針にしているに違いない。管理職などになって一体何が楽しいというのだろうか。社内の他部署に人脈を作って飲みに行って楽しい??本気で言ってるのか?MBAを持ってたらエライのか?社内政治をがんばれ??何のために??ゴルフを練習して休日に上司とゴルフ?正気なのか??ちなみに、私はいま、彼らの思考回路を学ぶために、この書籍を少しずつ読み進めている。

さて、刺すようなここ数日の寒さは、そんな私を暖かく肯定し、懐かしく包んでくれるような気がする。そういえば、こんな季節に私は徹夜で卒論の草稿をまとめていて、朝を迎えたことがあった。気分転換に外へ出るともやが立ちこめるその向こうに青空と日差しと鳥の声があり、5度くらいの気温のなか、私は自転車で川の方角へ向かった。橋を渡り、1本目の角を右に曲がって道なりに行くと、古い遊歩道が延々と西へ伸びている。濡れた石畳の路面に朝の陽がさしてオレンジ色に光るのを眺めながら遊歩道をひたすら進むとやがて大きな国道に出会う。遊歩道と別れてそこから北へ向かい、今度は学校の敷地のような場所を通り抜けると東西に伸びる別の幹線道路に出る。その道をさらに西進するとなぜか朝から店を開けているケーキ屋があり、私はそこで自転車を止めた。濃厚な味のケーキと美味しいコーヒーを味わいながら、暖かい店内でまどろんで、帰路に着く頃には日はもうすっかり高く上がって、部屋に戻ってきた私は夕方までぐっすり眠ったのだった。

このような、ある意味ものすごく不毛な時間感覚は、今ではもうほとんど体験することはできない。しかし、あれから10年以上経ってもなお、自分の感覚の一部は変わらないままで、それがいま自分をとりまく現実との隔たりとなっている。冬の寒さはそうした隔たりをいっそう明確にしてくれる。これ以上寒くなって春が待ち遠しくなるまでの間、私はもう少し、冬を楽しめそうだ。


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