見出し画像

”最低賃金があがると何が起こるのか”を労働経済学で考えてみる

 今年7月末に最低賃金の引き上げで全国平均が901円に東京都と神奈川県は初めて1000円を超えたと日本経済新聞が報じています.
 また,同記事の中のグラフを見ると最低賃金の全国平均は右肩上がりで推移していると言えそうです.

 では,最低賃金の引上げは何を意図しているのかというとこれは貧困対策であるといえると思います.これは直感とも整合的ですね.
 反対に,最低賃金が増加すると企業としては労働のコストが増加することになります.そうなると機械化などの形で資本投資が増加し,結果として雇用量が減少してしますのではないかという意見もあります.
 こうしてみると最低賃金が上がることが一概に素晴らしいことと言えず,直感的な印象だけで論じることは難しそうです.

 ということで,備忘録もかねて,最低賃金が変化した際に労働供給がどのように変化するのかを労働経済学のツールを用いて記述してみたいと思います.

参考文献は次の2冊です.

 ちなみにですが, Labor Economicsに関しては自分は1版のものを読んだので理論的に古い面などがあるかもしれません.あらかじめご了承ください.

 最低賃金の効果を考えるにあたって,以下完全競争不完全競争の労働市場に分けて考えていきたいと思います.
 また,少し違ったアプローチとしてジョブマッチを使ったモデルでの最低賃金の効果もmて行きたいと思います.

完全競争

 労働市場が完全競争ということは職を求める労働者と雇用を求める企業が十分な数存在していると考えられます.
 このため労働者は十分な金額が提示されなければ雇用契約を結ばないし,企業は必要以上に高い金額を労働者に支払おうとは考えません.
 このような場合の図を用いた直感的な説明は以下のようになります.

完全競争労働市場 最低賃金

 この場合,労働者と企業がともに同質的であると仮定すると,市場によって労働者の供給量と需要量が一致する点で賃金と雇用量が決定されることになります.
 これは図におけるw^cとE^cに相当します.この時賃金と雇用量は社会全体で最も効率的な値になります.

  この時,最低賃金が引き上げられた結果,w^cよりも高い値(MW)になるとします.この場合は上記の図に相当します.
 この場合,賃金がMWまで増加することによって企業の労働需要量はE^(MW)まで減少することになります.つまり,賃金がMWで雇用量がE(MW)となる点が均衡点となります.
 この点での総余剰は,市場均衡で達成された総余剰よりも少ないので不効率が生じていることになります.また,E^s-E^(MW)の分だけ,仕事をしたくとも失業してしまっている失業者が発生しているにもなります.

 一方,最低賃金が引き上げられた結果,w^cよりも低い値になったとか仮定します.このような場合,すでに市場の結果として賃金は決定されているので,最低賃金に合わせて賃金を下げるインセンティブはありません.よって,最低賃金の引き上げは賃金にも雇用量にも影響を与えることはありません.

不完全競争

 続いて労働市場が不完全競争市場な場合を考えていきます.このときには労働市場が買い手独占の場合を仮定したいと思います.
 直感的にも企業の方が労働者に比べて,立場が強いことはあり得ると思うので,そこまで強い仮定でもないといえます.

 この時の雇用量と賃金をそれぞれE^Mとw^Mとすると,雇用量は労働の限界生産物曲線pMP_Eと労働の限界費用曲線MCが等しくなるところで決定されます.

 このとき,最低賃金が引き上げられた結果,w^Mよりも低い金額になったとします.この時企業は賃金を下げるインセンティブがないので,最低賃金の引き上げは賃金にも雇用量にも影響を与えないことになります.

 一方,最低賃金が引き上げられた結果,w^Mよりも高い金額になったとします.この時の状況は下図のようになります.

不完全競争市場 最低賃金

 この時,賃金は最低賃金以下の金額にすることはできません.そのためE^(MW)までは追加的なコストはMWになります.しかし,E^(MW)を超えて雇用しようとするならば,追加的な労働者に関しては労働供給曲線に沿って賃金を上げることになります.よって,限界費用は高いものになります.
 したがって,図のように垂直な推移をする限界費用曲線となります.

 この時の最適な雇用はpMP_EとMCが交わるE^(MW)で決定されることとなります.このことに関して川口(2017)では(上記の教科書です)以下のように直感的な説明をつけています.
  最低賃金導入前には雇用を増やす際にはより高い賃金を提示する必要があります.また,既に雇用されている人にも新しい労働者と同じ賃金を支払う必要があります.しかし,最低賃金導入後は,いままでの労働者に対しても最低賃金を支払う必要があるので限界費用が相対的に低くなることになります.
 このことから最低賃金が上がることによって,雇用が増えるということになります.

 この時,図から最低賃金が引き上げられる前後では引き上げ後の方が,厚生損失も減少していることも分かります.

マッチングモデルを利用した完全競争市場における最低賃金の効果

 Cahuc and Zylberberg (2004) にはマッチングモデルを用いた最低賃金の効果を考えたものがあります.こちらは最低賃金の増加による労働者のジョブサーチの努力をモデルに組み込んだものになります.
 こちらは数式の展開が多いので下記のPDFにまとめました.

 こちらのモデルでは最低賃金は労働者の職を探す努力を通じて,間接的に労働需要や労働供給に影響を与えています.最低賃金から影響を受けた職を探す努力は複雑には作用しますが,失業率を下げる効果があるといえることが結論として導出されています.

結論

 まとめると
 (i)労働市場が完全市場の場合には,最低賃金が均衡賃金を超えてしまうことによって,社会的に不効率が生じる場合がある.(失業率が増加)
 (ii)労働市場が不完全市場の場合には,最低賃金が独占価格を超えることによって,社会的厚生が改善される可能性がある.(失業率が低下)
 (iii)ジョブマッチングを用いたモデルでは最低賃金の増加は,労働者が職を探す熱心さが増えることを通じて間接的に失業率を下げる.
 ということが結論として言うことができそうです.

 直感的には日本の労働市場が完全市場と言えるのかはちょっと疑問なので,労働者数と最低賃金を時系列でプロットしたグラフも作りたかったのですが,どのデータを使うべきかなどは少し慎重に行いたかったので今回は作っていません.
 余裕見られれば作って掲載するかもしれません…

サポートいただいたお金は教科書や研究に関する本に使いたいと思います.読みたい本がいっぱいあるので…