社会人1年目の徒然日記0206

今日は、今までの人生(~浪人時代まで)についてメモメモ。

幼稚園
普通の幼稚園児だった。英語教室に通わせてもらっていたが、嫌すぎて毎回仮病を使って休もうとしていた。けど、体温計はいつも平熱を示していた。まぁ、幼稚園児でdogとかappleとか書けてたし、理解もできてたし、よく頑張っていた。
仲のいい友達が2人いて、いつもレゴをしたり塗り絵をしたりして遊んでいた。家も近所で帰ってからも毎日遊んだ。もう、いまは連絡を全然とってないけど、元気にしていますか。
このときの夢は「大金持ち」周りの子達はお花屋さんとか書いてるのに私は「大金持ち」まぁ、昔から自分はちょっと変わってるって自覚してた。

小学校
アメリカは日本の中にあると思っていた系小学生。宿題を済ませてからゲームをするという大真面目。早くゲームをしたいがために宿題をスピーディーに終わらせていた。勉強は嫌いではなかった。授業についていけない〜ということもなく、ただただ平凡な毎日を過ごした。学校。宿題。ゲーム。学校。宿題。ゲーム。
5年生から塾に通い始めた。入塾テストで偏差値55。まぁ悪くないだろう。親に中学受験するか聞かれたけど、しなかった。姉が中学受験でずっと勉強していた姿を見たからだ。あんなに毎日勉強したくないと中学受験はしなかった。

中学校
はじめての定期テストで数学98点。いまでも何を間違えたか覚えている。-1を軸にプロットするのを符号を間違えて+1にプロット。-2点。凡ミス多い系中学生だった。
数学が得意でスマートに問題を解く方法を考えるのが好きだった。国語は大の苦手。昔から本を読むのは嫌いだった。もちろん、書くのも苦手。
高校受験のためにぼちぼち勉強した。たぶん、1番賢かったのは中2。ここをピークに、周りも賢くなったためだろう、偏差値はそこまで上がらなくなった。分からない問題があっても質問にはいけなかった。こんなことも分からないのかと言われるんじゃないかって思って。中学生の頃は質問に1回も行ったことがなかった。それでもなんとかやっていけて無事に第一志望に合格。

高校
周りはクレージーでクレーバーな人だらけ。10!を暗記している人がいてびっくりした。何に使うねん。
帰宅後の疲れから宿題を真面目にやらなくなった。中学とは異なり、科目数が増えて大変に感じた記憶がある。得意科目は数学と英語。苦手科目は国語と生物と世界史、日本史。暗記科目は大の苦手だった。
高校生になっても質問は上記の理由からできなかった。中学の内容では、どうにでもなったが高校レベルになると厳しかった。センターで大転け、2次試験でも大転け。案の定、不合格。そして、浪人。親には感謝しかない。浪人させてくれてありがとう。

浪人時代
なにがいけなかったのか。現役時代を振り返ると、分からないところをそのままに、ほったらかしたのがいけないんだなと思った。そうだ、質問をしよう。講師の方に思い切って質問をしに行くように努めた。
毎日、朝から晩まで勉強。家に帰ったら寝るだけ。親は家で一切勉強しないのを見てちょっとは寝る前も勉強したらとか言ってたけど、勉強よりも睡眠第一。寝る前って頭全然動かんし。同じ問題集を何回も何回も反復した。英語、古文の添削を講師の方にお願いしに行ったり、質問に行ったりといままでの自分とは違って少しは能動的に勉強していた。自分から動くようになった点で浪人時代は、自分が大きく変わったと思っている。圧倒的成長。
なんやかんやあって、受験日。いつもの音楽を聴いて用意スタート。問題はまだ見ない。深呼吸。焦らない。ゆっくりゆっくり、いつも通り。結果は現役の時に落ちた第一志望に合格。番号を見た時は泣いた。1年間が報われた感じがした。振り返るとこの1年間が1番勉強したかな。今ではもう、1日中座りっぱなしで勉強はできませんね。

以上、浪人時代までの道のりでした。
幼稚園時代の夢「大金持ち」になれるように明日もお仕事頑張ろう!!

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