穂波エダクニ

ぼくの中に生まれた物語を書いていきたいと思います。 Twitter @edakuni…

穂波エダクニ

ぼくの中に生まれた物語を書いていきたいと思います。 Twitter @edakuni_honami

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#11 「 いつも、どこかで 」

平日の昼間だからか、改札口を通ったのは僕ひとりだけだ。 駅前ロータリーの中央にある噴水は、壊れているのか節約のためか水が止まっていて、干上がったタイルの上で数羽の鳩が気持ち良さそうに日向ぼっこをしている。 彼らを驚かさないようにそうっと噴水の縁に座って、ジーンズの後ろポケットから地図を引っ張り出した。 無造作に折りたんだから、地図には縦横斜めに不規則な皺が寄っている。 不動産屋のホームページで数枚の写真を見ただけで、内見もせずに契約した新居の場所を記した地図だ。 これまでの生

    • #32 「 ピーちゃんお空に行ったよ(備忘録として) 」

      今朝、4時8分に娘からメッセージが届いていた。 夜勤から帰宅した7時過ぎ、相方に「メッセージ見た?」と訊かれてから知った。 スマートフォンの通知を見てなかった。 でも、それで良かったのかもしれない。 現場で聞くよりも。 天気予報よりもずいぶんと遅いタイミングで冷たい雨が降りはじめた。 15年前に大阪から東京に転勤してきた。 現場畑から新規開拓の営業に配置換えされたぼくは、知らない土地で仕事に追われ家を空けることが多かった。 いや、16年間生活をしていた大阪でも夜勤などで家を

      • #31 「 姪っ子の結婚式 」

        まったくそうは見えないらしいが、ぼくは三人兄弟の長男である。 仮に、すぐ下の弟を弐号、その下を参号としておこう。 父と母が意図的に等間隔にしたのか、それとも単なるアレのめぐりあわせなのかを今更訊ねる気にはならないが、二才ずつ年が離れたぼくたちは割と仲が良い。 高校卒業後に地元で就職してからずっと生まれ育った町で暮らしている参号は、東京在住のぼくや千葉在住の弐号が帰省して実家に泊まる度に、お嫁さんと娘二人を連れて会いに来てくれる。 仕事の話しや経年からくるからだの不調について話

        • #30 「 立山富山 」

          8月11日 山の日、立山連峰の雄山に登った。 ぼくとぼくの先輩、得意先の谷やんと幸枝さん。 ぼくたちは年に一度、旅をする。 全員が大の酒好きだから、各地の酒蔵やビール工場などを主の目的地と定め、ひたすら呑む旅だ。 そんな旅に、登山という過酷な選択肢が追加されたのは2019年8月の定例会(4人の吞み会をぼくたちはこう呼んでいる)でのこと。 谷やんと幸枝さんが筋金入りの登山愛好家であるという話から、よせばいいのに「山登りって楽しそうだよねー」とその場のノリで言ってしまったぼく

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        #11 「 いつも、どこかで 」

          #29「 宗像大社を歩く 」

          中津宮に行きたい。 そう伝えると古い友人は最初、露骨に難色を示した。 だが、粘り強く(しつこいとも言う)交渉を続けた結果、焼肉とビールで無事に契約が成立したのだった。 5月14日、9時25分発のフェリーに乗るために、渡船場がある神湊港へ向けて朝7時に飯塚市の実家を出た(友人が車で迎えに来てくれた)。 先ずは辺津宮(一般的に知られている宗像大社)へ。 割と地元に近く、高校を卒業してすぐに購入した15万円のおんぼろビートルのお祓いもここでしてもらった。 しかし、本殿以外は訪れたこ

          #29「 宗像大社を歩く 」

          #28 「 ぼくの生まれ育った町 」

          六月の初旬、四年ぶりに帰省した。 梅雨の走りで、雨が降ったかと思うと青空が顔を出す。そんな空とにらっめっこをしながらぷらぷらと歩く。 二十五歳でこの町をはなれてから、もう三十年以上経つのだなあ・・・なんて、しみじみしたとかしなかったとか。 まちはいきもの。伸びたり縮んだり、ふくらんだりしぼんだり。 次は、もう少しゆっくりしたいな。 お袋が持たせてくれた弁当を空港で食べながら、そう思ったんだ。

          #28 「 ぼくの生まれ育った町 」

          #27 「 奇跡 」

          二月の寒い午後だった。 商談が不調に終わり、スマートフォン越しに響く不機嫌を隠さない上司の声にうんざりしながら、会話に夢中で俺に気付く気配もなく歩いてきた二人連れのご婦人を半身で躱すと、そこに早紀がいた。 彼女の手から投げ出され、スーツに降ってきたコーヒーは冷めていた。 あの日はね、考え事をしながら歩いていたから、コーヒーの存在を忘れてたの、とシーツに包まった早紀は微笑っていた。 あの日、赤く泣き腫らした目で考えていたことが何だったのかは、聞かなかった。 出逢いは偶然だ。

          #27 「 奇跡 」

          #26 「 生姜焼き定食の吉原さん 」

          「海を見に行かないか」 昼食時で賑わっているササキ食堂のカウンター席で、安定の焼き魚定食にするか未知のハンバーグ定食にするか、はたまた日和ってサービスランチにするか思案していると、ボソリとつぶやきが聞こえた。 声の主は、椅子ひとつ空けた隣の席で生姜焼き定食に添えられたキャベツを咀嚼している男のようだ。 妖精にでも話しかけているのか?と気にはなったものの、朝食抜きで極限空腹状態だったので無視させてもらう。 「おばちゃーん、今日のサービスランチは何?」 メニューを決めきれず、狭い

          #26 「 生姜焼き定食の吉原さん 」

          #25 「 春に... 」

          相変らず 他愛もない 嘘や本当の中で 永遠に 続きそうな今を 滑るように 歩いてる 大好きとか 大嫌いを 飽きもせず繰り返し 幾つもの 後悔を抱いて また一人 花を見る 青すぎる空に 戸惑っては 閉ざした窓で 切り取って 迷いながら 誰も約束してくれない 地図を片手に 夜にもたれかかって 朝を迎える 小さく吐くから ため息で 深く吸い込めば 深呼吸なのにね 上手くいかないことばかりだよ 君はどうだい? 爪先立ちで 手を伸ばして 風に揺らした風船 危うさに 胸を鳴らしな

          #25 「 春に... 」

          #24 「 ポンッ 」(ひーくんとなっちゃんのお話④)

          これは、光(ひかる・ひーくん)と成美(なりみ・なっちゃん)のお話です。まだ、続くのか・・・とか言わないで。このお話が次に続くかこれでおしまいになるかは気分次第、です。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 毎朝、ひーくんは「行ってきます」のキスをする。 ひーくんは変なとこで几帳面だから、ちゃんと順番が決まっていて、 くちびる→右のほほ→左のほほ→おでこ、そしてもう一度、くちびる、 の順番でキスをする。 わたしは、 くちびる突き出して、左向いて、右向いて、ちょっと俯いて、

          #24 「 ポンッ 」(ひーくんとなっちゃんのお話④)

          #23 「 We hope... 」

          なんでこんなことするの? テレビの画面を見て君は訊く それぞれに正義があるんだよ 僕はリモコンで煩わしい音声をミュートした 話し合えばいいのに 画面を凝視したままの君が独り言のように呟く もう、長いこと対話してきてるはずなんだけどね できるだけ感情を交えないように答えた 分かりあえない? そうかもね 自分が良ければそれでいいの? そうかもね それでいいの? いいと思う人もいれば、そうじゃないという人もいる パパはどう思うの? 閃光が暗い空をはしった 君はどう思う? 老女が泣き

          #23 「 We hope... 」

          #22 「 no name 」

          あなたがこの部屋に持ち込んだ、 愛や約束が腐っていくよ。 シーツの上でだけ、並べて、弄ぶから、 嘘にも本当にもなれずに。 だから言ったのに、 そんなものいらないって。 嘘。 そう、噓つきはわたし。 無音のテレビがカーテンに映す、 わたしとあなたの影を、 わたしが勝手にそう呼んだだけ。 初めから無いものを、 そう呼んだのは、わたし。 < 了 >

          #22 「 no name 」

          #21「 トントン 」(ひーくんとなっちゃんのお話③)

          これは、光(ひかる・ひーくん)と成美(なりみ・なっちゃん)のお話です。副題的なとこに凝りもせず③とか書いてしまいましたが、このお話が次に続くかこれでおしまいになるかは神のみぞ知る、です。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ なっちゃんは、トントンされるのが好きだ。 背中でも肩でもお尻でもいいけど、 一番落ち着くのは、前頭葉の辺りらしい。 怖い夢で真夜中に目が醒めてしまったとき、 トントン。 バイト先のレジ締めが合わずに叱られて落ち込んでるとき、 トントン。 「今まで

          #21「 トントン 」(ひーくんとなっちゃんのお話③)

          #20 「 Good Morning 」

          からだのラインがはっきりとなぞれる赤いニットのワンピースを着たその女は、朝の通勤ラッシュの車内でわかりやすく場違いだった。 甘いアルコールの匂いと安っぽくて粉っぽい化粧の匂いを振りまきながら、力なく吊革にぶら下がってメトロの揺れにからだを預けている。 横に並んで立っていた中年のサラリーマンが、スマホの画面からチラリと目線を移し、女のどこかの何かを確認して小さく頷く。 俺は女の後ろで、空調の風に煽られる枝毛だらけの髪の毛を避けながら本を読んでいた。 間もなく次の駅に到着しよう

          #20 「 Good Morning 」

          #19「 びよっ」(ひーくんとなっちゃんのお話②)

          これは、光(ひかる・ひーくん)と成美(なりみ・なっちゃん)のお話です。副題的なとこに迂闊にも②とか書いてしまいましたが、このお話が次に続くかこれでおしまいになるかは神のみぞ知る、です。 作中の( )の中はキートン山田さんでお願いします。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ひーくんはウソをつくときとエッチなことを考えてるとき、 ”びよっ” と鼻の下がほんの少し伸びる。 (どんな鼻の下だ?) わたしのチョコレートを勝手に食べたくせに、 「え?チョコレート?食べてないよ!」

          #19「 びよっ」(ひーくんとなっちゃんのお話②)

          #18 「午前7時26分各駅停車中野行」

          真冬の朝、背中を借りる 通勤客で隙間のない車内 満員電車だからと言い訳をしながら 見知らぬ背中にからだを寄せる からだとからだの間に手のひらを挟んだら 指先からじわじわと体温を取り戻す それは元々わたしの持っていた熱 分け与えられた温み 猫の毛、飛び出した羽毛、柔軟剤の匂い、白く浮いたフケ、毛玉 枝分かれした髪、煙草の残り香、整髪料の雫、ファンデーションの移り 子供が大人の背中にしがみつき 頬を摺り寄せる気持ちはこんなだろうか 知らないことは確かめよう

          #18 「午前7時26分各駅停車中野行」