彼が来た。

彼のバイトが終わるのは23時。
話をするために来ると言っていたから、それに合わせて準備をした。

食欲もなく、いつも思うのだけれど、悲しいことがあった瞬間から、世界がフィルターをかけたようにグレーになってしまう。

私も仕事が終わってすぐに帰宅してサラダを簡単に食べた。

「早退することにしたから20時には行くね」
「ご飯食べたの?何かナミが好きそうなものを買っていくね」

付き合っているときと何も変わらない彼の優しさ。


そして…彼が来た。
合鍵があるのにチャイムを鳴らして入ってきた彼。
照れ笑いをしながら見つめ合った。

いつもならば、彼は真っ先にシャワーを浴びるのだけれど、
昨日は買ってきてくれた食べ物を冷蔵庫に入れ、ダイニングテーブルに座った。

「甘辛チキンとチャプチェとチーズタッカルビを買ってきたよ。あと、サムギョプサルも買ってきたから、冷凍しておくから、明日必ず食べてね」
…私がひとりではあまり食べないことを知って心配してたくさん買ってきてくれたんだ。彼の変わらない優しさが本当に嬉しかった。


彼と付き合うまで、男の人はこういった正面切っての話し合いを嫌がるものだと思っていた。それに彼は私より10歳も若いのだから曖昧にしてこのまま別れることも容易だったはず。それなのに。私の好きなものをたくさん買ってきて、こうやって向き合おうとしてくれている。


一緒にいなかった約1日強、どうやって過ごしたかをお互いに話して、彼が切り出してくれた。
「どうすればいいか、どうしたらナミにとって最善のことなのか、本当にわからなくて、それを今日は話に来たよ。お互いに気持ちが離れて別れるのなら簡単だけど、僕たちはそうじゃない。まだとても愛し合ってるのに。」
俯きながら話していた。

「小さないつもの喧嘩だったのに、どうしてこんなことになっちゃったの」
私はいつもの喧嘩のつもりだった。彼の本当に些細な行動に、私が反応して小言を言い、私の妄想が始まる…。付き合いはじめてから何度も繰り返していたし、決して本気で怒っていたわけじゃなかった。彼が私に集中しないことが悲しかった。そんな私は本当にワガママで幼稚なことも自分でよくわかっていたし。 

「小さなことが積み重なればそれは小さなことではなくなるよ。これから僕は就職もして、今のように時間がなくなってしまうかもしれない。そうしたらきっとまたナミは不機嫌になって僕に当たり、もう終わりだとか寂しいだとか言うだろう。もし僕が耐え切れなくなって別れることになってしまったとき…まだ若い僕と、10歳も年上のナミ…どちらが大きな傷になってしまうか、取り返しのつかないことになってしまうか。それを考えたら、今、ナミを手離すことがナミの幸せなのではないかと思った」
彼は悲しそうにそう言った。



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