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昨日と今日の物語:映画『イエスタデイ』

 事故にあって目覚めたら世界が変わっていたというありふれた設定、演技のできないエド・シーランを本人役で起用する無謀さ、「大きなスクリーンに向かないコメディエンヌ」という悲しい側面を見せてしまったケイト・マッキノン、お約束過ぎる間抜けな親友、そして筋書きがもうリチャード・カーティスの過去の映画(特に『ノッティングヒルの恋人』)の焼き直し…『スラムドッグ・ミリオネア』のダニー・ボイルと、『ラブ・アクチュアリー』のリチャード・カーティスによる映画という事で期待を集めていた『イエスタデイ』だが、今のところ評価はイマイチ。

 にも関わらず、気がついたら目頭が熱くなっていた、愛すべき駄作…10月に日本でも公開される素敵な駄作『イエスタデイ』について、感想をまとめてみました。

ビートルズの存在しない世界

 舞台はイングランドの浜辺の小さな町。ジャック・マリック(ヒメッシュ・パテル)は冴えないソングライター。幼馴染のエリー(リリー・ジェームス)に励まされて細々と演奏を続けているが一向に売れる気配がない。エリーは中学時代は学校の演奏会のスターだったジャックを、子供の頃から密かに想い続けているが、鈍感すぎるジャックは全く気がついていない。

 ジャックはフェスティバルでの失敗をきっかけに音楽の道を諦める決心をするが、帰り道不運にも全世界を巻き込む謎の停電が起こり、街灯が突然消え、真っ暗な道でトラックに撥ねられてしまう。昏睡状態から目が覚め、親友たちに折れた歯を笑われながらも、退院祝いにエリーからもらった新しいギターでビートルズの『イエスタデイ』を演奏すると、皆がその「聞いたこともない」曲の美しさとジャックの才能に驚嘆する…そこは『ビートルズ』の存在しない世界だった。

 もちろん楽譜もなければレコードもない。日々ビートルズの曲を思い出し、書き記しながら演奏活動を再開する。ここからジャックの快進撃が始まる。ありとあらゆるところで、ジャックの才能に皆が目を見張る。『ビートルズ』の曲が多くの人を魅了し、チャンスが次々に舞い込む。が、他人の褌で相撲を取っている事に次第に後ろめたさを感じてくる。自分を見失いかけたジャックが会いに行ったのは、今もリバプールの郊外で絵を描きががら暮らしている「あの人」だった…そして、成功を目の前に、ジャックはある大きな決断をする。

今と昔が混じり合った世界観

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 この映画の現代的なところは、ジャックがインド系だが人種の話では全くないというところ。中途半端に音楽の才能があるために諦めきれない、中身は全く普通の英国人の若い男の子だ。普通に大学も出て、教員の資格もある。親は貧乏でもお金持ちでもない(父母がThe Kumars No.42のサンジーブ・バスカーとミーラ・サイアールなのも嬉しすぎる)。

 エリーも普通のイングランドの若い女の子だが、彼女はセクシーな服や派手なメイクでSNSを駆使するタイプではない、数学の教員をしつつ、友達とハウスシェアしながら地道に暮らす中産階級の女の子だ。

 二人は一緒に育ち、同じような教育を受け、同じ感性を共有している。あくまで同じところから来た男女だ。ストレスで潰れそうなジャックは、エリーがはるばる自分に会いに来た事で子供のようにはしゃぐ。が、それでもエリーの想いに気づかないし、エリーが自分に与えてきた安心感をまるで当たり前のように受け取って踏みにじってしまう。自分の事ばかりでエリーを大切にしていなかった自分の間違いに気がつかない。

 友達とのパブでの無駄話。時代に取り残されたホテル。のどかな港町。『イエスタデイ』の世界にはティンダーは存在しない。昨今では珍しくなった純愛のストーリーで、すでにファンタジーの域だと言っても過言ではないと思う。同時にジャックを一夜にして有名にするのはインターネットだ。中国人やロシア人が動画をシェアしインスタグラムやツイッターを通じて一夜にして世界的スターが生まれる。現代と20年くらい前のイングランドが混じり合っているような世界観が、私の年代の人間にはなんとなくホッとするし楽しい。

ジョン・レノンのインパクト

 そしてこの映画の見所の一つはカメオ出演のジョン・レノンだと思う。出てきた瞬間、みんながハッとする。CGではない、明らかに本人でもない。でもそのリアリティにハッとする。作り話だとわかっていても、どこかでジョンが生きているかのような、嬉しい錯覚を起こす。演じているのは、保守党政権の昨今ではおそらくスターにはなれなかっただろう、あの名優。そこを見るだけでも価値があると思う。

 また『ダウントン・アビー』や『シンデレラ』の貴族的な役柄のイメージが強かったリリー・ジェームスが演じるエリーが可愛い。ジャックだけでなく観客も、彼女が画面に現れるたびにホッとして、何もかもうまくいくように思えてしまう。そして彼女が去っていく時、胸が潰れるような気持ちになるのだ。彼女を見るだけでも十分2時間が楽しく過ぎてしまう。

 本当の奇跡は社会的な成功じゃなく、愛する人が側にいて、人生を一緒に作り上げること…今、EU離脱でギスギスした英国だけに、英国への愛が溢れた本作は、どう考えても駄作とわかっていても愛さずにはいられなかった。

『イエスタデイ』10月11日日本公開



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