見出し画像

「わたしと演劇とローカルと」 田辺裕子

EDIT LOCAL LABORATORYが毎月会員向けに配信しているメールマガジンより、会員リレーコラムのご紹介です。全国で活動するメンバーがそれぞれの現場での実践やEDIT LOCAL LABORATORYに参加した理由など、ご寄稿いただいております。みなさまもぜひ覗いてみてくださいね。

写真:南方熊楠邸(南方熊楠顕彰館)にて筆者撮影

----------------------------------------------------------------------
 わたしは、演劇の研究をライフワークにするために、大学院で学問に七転八倒しつつ、キャンパスの外にも多様な「演劇」の有り様を発見しようとアンテナを立てています。舞台上の上演や印刷された戯曲にとどまらず、生活のなかで言葉が流通すること(あるいは流通しないこと)そのものを「演劇」として捉えているからです。EDIT LOCALにおいて「まちという立体的なフィールドを“編集”する」という表現が使われるとき、その「編集」は「演劇」と重なっているのではないか。そういう印象を持ってEDIT LOCAL LABORATORYの会員になったのでした。
 幼いころから東京都心部に暮らすわたしにとって、「ローカル」を実感する機会はあまり多くありませんでした。そんなわたしにとっての大きな変化は、数年前に犬を飼い始めたという小さな出来事でした。毎朝30分の散歩をするなかで道端での時間の過ごし方が変わって、自分の知覚にも余裕が出たのです。また、犬を飼い始める少し前に起こった東日本大震災も「ローカル」について考え始めるきっかけになりました。太平洋沿岸の様々な「ローカル」について耳にする機会が増え、自分自身に同等の「ローカル」がないこと、生活圏を実感できないことについて初めて問題意識が湧いたのです。「東京人」のままでは、町や村の単位での生活実感がある人々と、対話する資格がないと感じたのを覚えています。
 一方で、広い意味での演劇研究を模索するなかで、いつからか、日本家屋を比喩に使うようになりました。社会における様々な言語活動を、庭/縁側/居間/書斎、そしてそれを繋ぐ廊下のイメージに見立てて考察するというものです。「庭」の部分は、人間社会。「縁側」は人々が出会い、新たな可能性を探る異業種交流の機会にあたります。研究者は、良くも悪くも、いちばん奥にある「書斎」で活動する時間がとても長いことは言うまでもありません。「書斎」から「庭」までをつなぐ「廊下」は、ジャーナリストや編集者、キュレーターなどが活発に行き来して、異なる言語活動の現場を繋ぐところです。わたしの最大の関心は、「居間」づくり、つまり異業種交流と学術研究のあいだに、探究心を共有する場を生み出すことです。「縁側」において、異業種の人々がお互いの共通点をみつけるとすれば、「居間」は、意見の対立や見方の違いこそを楽しむ場所です。互いの働き方、ものの見方、話し方、そして考え方がどれだけ似ていてどれだけ違うのか、互いの活動のあいだにある「距離」について共通理解を生むこと、その豊かさを実践していきたいと考えています。これは、問題解決型の産学・域学連携とは別の、問題共有型、あるいは問題深化型の産学・域学連携を探る試みです。問題を解決しようと急ぐのではなく、生活のなかの悩みや関心を、愚痴や相談とは違った方法で語ること、そうやって深い探究心を養うことで形成されていく「ローカル」もあるのではないか。言葉に携わる人間として 「問いの共同体を“編集”する」ことが、わたしにとっての広い意味での演劇研究になりそうなのです。


Profile
シェイクスピアの時代の演劇文化、特に物語空間の表現技法を研究。その一方で、従来の演劇のイメージにとらわれない多様な取り組みについて実践的に考察し、異なる立場が関わりあうことをテーマに、イベントやプロジェクトを企画。お茶の水女子大学 文教育学部卒業後、現在は東京大学大学院博士後期課程に在籍。2020年1月、町のシンクタンク「ラボラトリ文鳥」を設立。読書会や対話の場を町なかで開き、アットホームな探究の輪を広げていくことで、言葉に関わる探究活動が誰にとっても身近なものになることを目指している。ウェブサイト<https://laboratorybuncho.wixsite.com/mysite>

(本記事は、EDIT LOCAL LABORATORYメールマガジン02 より抜粋したものです)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?