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ロングセラーの本をつくる方法

自分の場合、ネットで同じページを何度も見ることはほとんどないけれど、数少ない例外が“ほぼ日”の行動指針だ。

やさしく、つよく、おもしろく。

糸井重里さんが生み出した言葉のなかでも、とりわけすごいものだと思う。
初めて目にしたとき、一目惚れのように目に焼きついて、心身に染み込んできた。
それまで自分が編集者として考えてきたことにくっきりとした輪郭が与えられ、確信を持てた気がした。
以来、ちょっと仕事で疲れたときに、あるいは気合を入れたいときに、ここのリンクを開いている。

なんでそんなに好きなのか。
「やさしく」「つよく」「おもしろく」は、まさに「本づくり」そのもののコンセプトになっているからだ。
一過性でない不変の「本の価値」が、1行に集約されている。

この言葉を知って以来、部下や若手から「ロングセラーって、どうやったらつくれるんですか?」と聞かれたときには、

ジャンルで、
「一番やさしい」「一番役に立つ」「一番おもしろい」のどれかを目指そう

と答えることができるようになった。
(ほぼ日の「やさしい」とは漢字が違う「易しい」だが。)

もちろん理想は全部を同時に実現することだけれど、どれも本1冊を通してやろうとしたら、とても大変なのだ。
このうちの1つでも実現できたら、確実に売れる本になる。
どれかが一番で、他が二番目とかでも、十分にすごい本だ。

それぞれをもっと具体的にしてみると、いまの自分だとこんな感じになる。

「一番やさしい」は、そのジャンルを初めて学ぶ人に選ばれる本。
「一番役に立つ」とは、そのジャンルで一番高くても買ってもらえる本。
「一番おもしろい」とは、そのジャンルで一番読者の心が動く本。

「一番やさしい」が、文章とデザインのロジカルな工夫で実現できる部分が大きいので、編集者としては狙いやすい。
「一番役に立つ」は読者のレベルによって様々だし、「おもしろい」はロジックから離れて個別の好みや著者の個性の問題にもなってくる。

だから若手の戦略としては、書店の各ジャンルで「一番やさしい」がつくれそうなところで企画してみる、という方針も大いにありだと思う。実際、まだそのポジションを狙えるジャンルはたくさんある。

一方で、「やさしい」には難しさもある。
たとえば、いま書店にビジネス書の漫画版がたくさん並んでいる。
これは、(意図されているかはわからないが)漫画なら「一番やさしい」と「一番おもしろい」を同時に実現できるように見えるからだ。
でもその多くが、「役に立つ」の度合いを大きく損ねてしまっていたり、絵の力に頼った見せかけの「やさしさ」になっていたりする。

編集者が「一番やさしい」「一番役に立つ」「一番おもしろい」について考えることのメリットは他にもあって、たとえば自分が編集者として強みのある方向性はどれなのか?を考えるツールにもなる。
また、この3つで担当作のポートフォリオを組んでみてもいい。
やさしい本、役立つ本、おもしろい本を意図してつくり分ければ、自動的に企画する本の読者も価格も異なってくるはずだ。

また、「ジャンルを新しくつくってしまう」という大技もある。
たとえば、プレゼン本というジャンルの中に、今までになかった「社内プレゼン」の本を出すということだ。
新しい法律が施行されたときの解説本なども、その一種になるだろう。
これが成功すれば、そのジャンルで唯一の本として、自動的に、一番やさしくて、役に立って、おもしろい本が生まれることになる。

ちなみに、多様なジャンルで「一番やさしい」「一番役に立つ」「一番おもしろい」を志向しやすいということが、ビジネス書・実用書の出版社の安定した利益の源泉になっているように思う。
文芸やエンタメでは、ジャンルと方向性で細分化ができず、会社としてのポートフォリオが組みにくいのではないだろうか。

皆さんが本を書くとき、つくるとき、ぜひ自分なりの「やさしく、つよく、おもしろく。」を考えてみてほしい。
それが、ロングセラーの可能性を最も高める方法になるはずだから。

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