見出し画像

バッハ4声コラールの優れた新版について (真作偽作問題を意識した初めての版)

 もう1年近く前になってしまいましたが,2021年9月に,バッハ4声コラールの注目すべき新版 (↓) が出ています。編者はトーマス・ダニエルThomas Danielで,バッハ・コラールについてのたいへんしっかりした教本 (ほとんど研究書) を出している人でもあります。

 最大の特徴は,確実/ほぼ確実に真作であるものと,多かれ少なかれ疑わしいものとが明瞭に分けられ,別々の部に収められていることです。
  「バッハの」4声コラールを勉強するというからには (特に,それを範として書法訓練するなどというときには) 真作偽作問題は最初に気にすべきことであるはずですが,なぜかあまり考えられてきませんでした (例えば小鍛冶邦隆・林達也・山口博史『バッハ様式によるコラール技法』でも,特にこの点考慮なしに範例がとられています)。ようやくこの問題を意識した版が出たのは喜ばしいことです。

 なお,「確実/ほぼ確実に真作」の部 (第1部) に収められているのはカンタータや受難曲などの一部を成しているもので (例外あり),そうでないもの (大バッハ没後に編まれた4声コラール集によってのみ伝わっているもの。例外あり) が第2部にあります。このような出所の違いだけでなく,ものによっては書法上の違いも認められるそうです。
 第2部に入っていても偽作とは限りませんから,直ちに全部捨て去ることはありません。実際,そうするにはあまりにも惜しい傑作 ("O Mensch, bewein dein Sünde groß" BWV 402など) も含まれていますし。

 ちなみにこのBWV 402は,上に紹介記事のリンクを張ったDanielの教本では「おそらく偽作」とされているのですが,私にはどうもそう感じられません。感じられないというだけで,論理的にどうこう言えるわけではないのですが。

 この新版はまた,可能な限りオリジナルの形を再現しようとしている原典版 (批判校訂版) でもあり,註も充実しています。なおこの註はドイツ語ですが,序文 (全体の序文と各部の序文があります) と目次は英語でも書かれています。
 器楽パートが合唱と異なるときはそれもきちんと記譜されています (この点は昔からある『389のコラール』と同じ)。

 第1部のコラールについては,出所のカンタータの作曲年や用途 (教会暦上のどの日のためのものかなど) も記されています
 また,バッハの4声コラールというのは近世ドイツ・ルター派教会の聖歌 (讃美歌) をもとにしているわけですが,それぞれの聖歌の歌詞・旋律の作者名や初出年も記されており,これは讃美歌学に関心のある者として個人的に嬉しいところです。

 最後に言及しておきたいのが,索引の充実ぶりです。各コラールの初行 (カンタータなどの一部であるものについては,そこで実際用いられている節の初行),BWV番号に加え,もとの聖歌の作詞者名・作曲者名からも引くことができます。
 

【関連記事】


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?