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のんびり考察1:リスクを取ってるだけの卑怯者についてよく考えたい




今日のテーマ:リスクと道徳


 世間では、リスクを取る者リスクを取らない者に対して卑怯者という言葉を浴びせるのが通例である。それではリスクを取ることは正しく、リスクを避けることはつねに卑怯なのだろうか?



リスクを取る芸能人が「リスクも取らず批判をする匿名は卑怯だ」という論理をしきりに喧伝するので、写真のような珍事も起こった。
 しかし「リスクを取っている者が、リスクを取らなかった者より卑怯である」という一見矛盾した例を、リスクの倫理学として提出したい。

リスクを取る者も卑怯者である


ツイートを要約すると「3年間まともに寝てなかった同僚に仕事で勝てなかったことを不思議に思っていたことを恥じた」というエピソードである。しかし本当にそれを聞いて「急に恥ずかしくなった」というリアクションで適切なのだろうか? もっと怒ったほうがいいのではないか?
 数年間仕事で競い合ってきた、いくら一生懸命に仕事をしても引き離せなかったライバルの男がいたとして、実は裏で相当な無理をしており、それこそ不眠、プライベートなし、休息無しで頑張り続けることでやっとあなたと並走できており、それが祟ってある日突然死してしまったというシチュエーションを考えよう。あなたは「お前が度を越えた無理をしていなければ、俺はもっと楽に、生活を犠牲にすることもなく今と同じポジションを得られていたのに、こんなことで命を落とすような無茶をする馬鹿と競争したせいでなにぶん余計なリスクを背負わされてしまった」と怒ることではないだろうか。それとも「中途半端な仕事熱心さで生き残ってしまった自分が恥ずかしい」とでも思うべきなのか? 
 勝手に無理をして勝手に突然死あるいは過労死するリスクを背負い込み、いずれ突然死したり、しなかったりする仕事頑張りマンは「リスクを取ってるだけの卑怯者」であり、「芸能人を匿名でリスクなく批判するだけの卑怯者」と同じくらい周りにありふれている、しかしその名では呼ばれることのない存在である、というのが本稿の主張である。
 職場権力闘争において純粋な己の能力だけで勝負せず、コミットメントと称して、リスクという形で己の潜在寿命まで賭け台に載せることが本人にとってだけでなく、闘争相手にとっても生物的不利益を被せていることは異論ないだろう。しかし「リスクを取っている者だから批判されるいわれはない」という意見もありうるのではないだろうか? 本当に?

 寿命を半分払えば今よりも上の立場に行ける世界として、嬉々として寿命を半分払った「覚悟の決まっている」者達と競争させられるのは甚ったものではない。しかしかれらは卑怯者ではなく、リスクを取っているのだから勇者だろうか

道徳的優位性は誰のものか

 立場や権力は最終的な勝者のものになる。いくらあなたの寿命が幾分縮んでいようと、無理をしすぎてキャリアの途上で突然死してしまった馬鹿者にあなたは長期的かつ最終的に勝利した。しかしこの腹の収まらなさはなんなのだろう。
 何があなたをもって、自分よりリスクを取っていないものや、逆にリスクを取りすぎている者に対する不道徳の感覚を抱かせるのか。
 シグナリング理論によれば、自分の本来的価値に見合っていないシグナルを発しても長期的に利得を失うので正直なシグナルを発するところへ均衡するみたいな概念がある。
 仮定だが、その者の合理的判断とされるラインより過度に後退してリスクを取らないことが(逆と区別するため)臆病者と感じられ、前進しすぎてリスクをとることが卑怯者と感じられるのではないか。

 仕事へのコミットは己の健康維持能力のシグナリングとみなす。体が弱い個体が無理をしすぎることはいわばシグナルを偽っている状態である。この個体は本来の能力よりも無理をすることで少し上へ行けるかもしれないが、そのかわり潜在寿命との兼ね合いで結局は自分が損をする(正直なシグナルを発していないのだから)。自分が損をするだけならまだしも、このとき他人も巻き込む。
 体の強さから月100時間の残業しか耐えられないのに、無理やり月300時間の残業をこなすと月300時間の残業に耐えられる強個体であるように見せることができるが、コストが高く長続きはしないということだ。
 この偽装感が卑怯を根拠づける。反対に月300時間の残業に耐えられる強靭な個体であるのに、月100時間の残業しかしないことはシグナルを偽っている状態であり、これも違和感を抱かれなければならない。なぜならそう感じなければ自分が合理的かつ適切なラインの行動を取ることができないから、長期的には最大の利得を得ることが難しくなるからである。 
 というわけで合理的なラインのリスクを取っているものだけが臆病者でも卑怯者でもなく正しい人間といえる(3年間まともに寝てないのはまともではないと思われる)。おわり。
 

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