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科学技術社会論(STS)で交換留学したい人へ

2020年7月20日

 こんにちは。この記事では,大学で科学技術社会論(STS)に出会い,(修士以上ではなく)学部の交換留学でもう少し勉強してみたいと思った人のために,役に立ちそうな情報を共有します。

アウトライン
1.軽く自己紹介・問題提起
2.交換留学先の探し方の例(大学名・学部から調べる)
3.交換留学先の探し方の例(教授・授業から調べる)
4.結語

1.軽く自己紹介・問題提起
 こんにちは。私は東京三鷹のICUというところで歴史学の勉強をしている大学5年生です。卒論は近代フランスの監獄学(特にトクヴィル・ボーモン『合衆国における監獄制度とフランスにおけるその適用(1833)』)がテーマになりそうなのですが,標題の科学技術社会論にも関心があります。私は2017年(大学2年生)の夏に科学技術社会論に出会い,もう少し専門的に勉強してみたいと思って2019年(大学4年生)の秋から2020年(大学5年生)の春までアメリカのカリフォルニア大学サンタクルーズ校(University of California, Santa Cruz. 以下,UCSC)で科学技術社会学(Sociology of Science and Technology, 科学技術社会論の一分野)の授業を受けました。留学してみてわかったのですが,科学技術社会論(STS)には大学ごとの教育・研究内容にそれぞれ特徴があるのに,日本語で調べてもあまりそういう記事が出てこないことでした。そこで,日本から科学技術社会論で学部交換留学をしたい人のために,以下,自分の例ですが,交換留学先の探し方の例を二つ書きたいと思います。

2.交換留学先の探し方の例(大学名・学部から調べる)
 まず,具体的な関心は何であれ,科学技術社会論(STS=Science and Technology Studies/Science, Technology and Society)で留学しようと思ったら英語で調べるといいと思います。それでSTSについて英語で調べると以下のページが出てくると思います。僕はGoogle 日本語版で “STS, University” を検索しました。

“STSを学べる大学”, STS Network Japan(http://stsnj.org/nj/sts/sts-prog.html)

なんと日本語のページがありました。お世話になりましょう。ここを見てみると,アメリカ,イギリス,フランスの三ヶ国でSTSの勉強ができる大学がたくさんあることがわかります。それぞれとても詳しく説明されていますが,母校から留学しようと思うと

Department of History and Philosophy of Science, University of Pennsylvania(アメリカ)
Department of Science and Technology, University of London(イギリス)

にしか応募することができません。僕も留学したいですが,母校の募集要項を見るとどちらも英語の要件をクリアできていなかったので英語の勉強をしつつ,もう少しGoogleで調べてみます。すると以下のサイト(しかもリスト!)が見つかりました。

“STS program list”, STS NEXT 2.0(https://stsnext20.org/stsworld/sts-programs/)
”International STS departments”, Maastricht University(http://www.maastrichtsts.nl/other-sts-departments/)

見てみると母校の交換留学先でもある大学の名前がいくつか挙がっています。サイトから,2018年時点で留学できる名前を引用すると以下になりました。

・University of California, Davis, Science & Technology Studies(アメリカ)

・Aarhus University, Centre for STS-Studies(デンマーク)

・Claremont Colleges, Science, Technology, and Society Program(アメリカ,ポモナカレッジ)

・Kings College London (KCL), Bioethics and Society, Centre for Biomedicine and Society (CBAS), Medicine, Science and Society(イギリス)

・London School of Economics – Centre for the Study of Bioscience, Biomedicine, Biotechnology, and Society (BIOS)(イギリス)

・Maastricht University, Technology & Society Studies(オランダ)

・The University of Edinburgh, Science, Technology and Innovation Studies(スコットランド,イギリス)

・University of California at Berkeley, Science, Technology, and Society Center(アメリカ)

・University of California, San Diego, Science Studies Program(アメリカ)

・University of Massachusetts Amherst, Science, Technology and Society(アメリカ)

・University of Sussex, SPRU – Science and Technology Policy Research(イギリス)

他にも母校の交換留学先リストを片っ端から調べると,STSが勉強できる大学を見つけることができます。
University of British Columbia (カナダ)

University of Alberta(カナダ)

次にこの中で,自分の関心にあったところ・応募要件を満たしていて留学できそうなところを調べます。実は,以上の留学先のうちいくつかは大学院のプログラムなので,大学のウェブサイトに行き,AcademicsとかCourses(開講されるかもしれない授業)のページに飛び,学部の授業が開講されているかどうかを確認しないといけません。そうすると,僕の調べでプログラムが充実しているのは以下の大学でした。

University of California, Davis

University California, Berkeley

University California, San Diego

UCL

Maastricht University(母校からの一部交換協定が現在は期限切れ)

Claremont Colleges(Pomona College)

University of Massachusetts Amherst

The University of Edinburgh

University of British Columbia

以上になります。他にも香港大学などでいくつか授業があったような気もするので,皆さんも調べてみてください。僕はここまで調べて,後は授業の内容(...というよりも実はウェブサイトの雰囲気や作り込まれ方・立地の風土・食事)の相性で決めました。例えばエディンバラ大学(The University of Edinburgh)のプログラムは名前にInnovation とあるので,社会学や科学史というより政策研究の授業が多いのかもしれません。またUCバークレー(University California, Berkeley)の友達から又聞きした話では,バークレーの授業は(一般に)ビジネスと関係が深い実践寄りなことが多いそうです。実際は調べてみないとわからないですが,大学がどこにあり,どんな先生がいるのかによって,STS研究・教育の内容も変わってくると思います。そこで次に,教授・授業から調べてわかるSTSの勉強できる交換留学先を調べたいと思います。

3.交換留学先の探し方の例(教授・授業から調べる)
 交換留学先を探すのに,教授や授業から調べるというやり方もあります。教授から調べる手がかりは教科書や論文です。例えば,有名な英語のSTSの教科書に

The Handbook of Science and Technology Studies, Fourth Edition, Edited by Ulrike Felt, Rayvon Fouché,
Clark A. Miller and Laurel Smith-Doerr. Cambridge: MIT Press, 2016.

The Handbook of Science and Technology Studies, Third Edition, Edited by Edward J. Hackett, Olga
Amsterdamska, Michael E. Lynch and Judy Wajcman. Preface by Wiebe E. Bijker. Cambridge: MIT Press, 2007

があります。著者一覧(Authors / Contributors)を見てみると,先ほどのマーストリヒト大学(Maastricht University)のサリー・ワイアット(Sally Wyatt)教授の名前や,マサチューセッツ大学のローレル・スミス -ドエル(Laurel Smith-Doerr)教授の名前が挙がっています。他にも,Endorsementにカリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)のダナ・ハラウェイ(Donna Haraway)名誉教授の名前が挙がっていたので,UCSCは交換留学できるなあと思いながら,Handbook掲載論文を読んで面白いか判断してみたり,改めてGoogleでどんな研究をしてる人なのか調べてみます。すると,ハラウェイ教授は科学技術社会論の中でも「フェミニスト科学技術社会論(Feminist STS)」と呼ばれる領域のパイオニアであることがわかりました。実は,僕はここらへんまで調べて調査に力尽き,日本のHPVワクチン(子宮頸がんワクチン)政策の問題からSTSに関心を持ちましたと留学志望書を書いて大学に提出したら偶然UCSCに留学することになりました。以下は,力尽きていなかったらこう調べて留学先選びに役立ったのにな,と思っていることを書きます。
 早速ハラウェイ教授がどんな研究をしているのか,大学図書館やGoogle,Cinii(サイニー,日本の論文検索サイト)でHaraway教授の論文を検索してみます。すると以下の翻訳が出てきました。

ダナ・ハラウェイ「サイボーグ宣言 — 1980年代の科学とテクノロジ-,そして社会主義フェミニズムについて」小谷真里訳『現代思想』17(青土社,1989年)。

 詳しく読まなくても,女性と科学・ジェンダーと科学のテーマで勉強をするには必須文献であることがわかりました。僕はHPVワクチン政策の問題に関心があったので,ハラウェイさんの授業を受けてみたいですが,UCSCのウェブサイトを見てみると彼女はもう引退していて,授業を持っていない様子です。そこで,UCSCの社会学部の授業を調べてみると,おそらく後任の先生がSTSの授業を開講していることがわかりました。

Sociology 132: Sociology of Science and Technology Studies(Winter 2020)
Professor James Doucet-Battle

授業説明:Reviews social and cultural perspectives on science and technology, including functionalist, Marxist, Kuhnian, social constructionist, ethnographic, interactionist, anthropological, historical, feminist, and cultural studies perspectives. Topics include sociology of knowledge, science as a social problem, lab studies, representations, practice, controversies, and biomedical knowledge and work (from ”Sociology Course Schedule”, UC Santa Cruz. 2020年7月21日アクセス。強調は引用者。).
開講人数:最大40人

 本当は授業のシラバスが入手できるとよいのですが,Googleで調べる限りそこまでは見れそうにないので(先生にメールする勇気がない場合)事前調査はここまででしょうか。下線したように,UCSCではフェミニズム研究の視点からも科学・技術の社会文化的側面を観ると記載されています。ここから,たぶんハラウェイさんの論文を読んでレポートを書くのかな,と予想することができます。
 実際に留学してみると,UCSCのSTSの研究教育は社会学部を中心に行われており,他大学に比べてフェミニスト研究・社会運動色の強い印象を受けました。バトル先生(Professor Doucet-Battle)も人種科学の社会学的研究・薬の社会学の専門家でしたし,春学期には新任の先生の科学政策の授業(Global STS)や,コロナウイルスの社会学(Sociology of Covid-19)が急遽開講されていました。さらにバトル先生と読んだ文献は実際にハラウェイさん関係の論文が多かったです(バトル先生に掲載許可頂きました)。例えば

Tallbear, Kim. Native American DNA. U of Minnesota Press(UCSC卒業生で,ハラウェイさんのお弟子さんの研究)

Harding, Sandra. 1994. Is Science Multicultural? Challenges, Resources, Opportunities,
Uncertainties. Configurations 2(2): 301-330. (こちらはハラウェイさんへの応答の論文です)

Haraway, Donna. [1988] 1999. “Situated Knowledges: The Science Question in Feminist and the
Privilege of Partial Perspective.” Pp. 172-188 In Biagioli, Mario (Ed.) The Science Studies Reader. NY: Routledge. (ハラウェイさんの論文です)

を読みました。他方,バトル先生は科学史の基本書も含めたSTS研究史で重要な文献も読ませてくれたので,よかったです。個人的に特に勉強になったのは,例えば,

Foucault, Michel. 1994 [1970]. ‘Classifying’, In The Order of Things: An Archaeology of the Human
Sciences. Chapter 5, pp. 125-163. [邦訳:ミシェル・フーコー『言葉と物〈新装版〉: 人文科学の考古学』渡辺一民,佐々木明訳(新潮社,2020年)。]

Fleck, Ludwik. 1935 [1972]. “The Genesis and Development of a Scientific Fact. Preface, Prologue, and
Chapter 1. (科学史家トマス・クーンのパラダイム論に影響を与えた元はドイツ語の論文です。当初英語圏ではクーンと数人しか読んでいた人はいなかったそうですが,後に英訳されました。英訳版にはクーンによる序文が付いています。)

Merton, Robert. 1942 [1973]. “The Normative Structure of Science” in The Sociology of Science.

Rose, Nikolas. 2001. "The Politics of Life Itself: Biomedicine, Power, and Subjectivity in the Twenty-First
Century”. Theory, Culture, and Society. [邦訳:ニコラス・ローズ『生そのものの政治学: 二十一世紀の生物医学、権力、主体性』檜垣立哉監訳,小倉拓也,佐古仁志,山崎吾郎訳(法政大学出版局,2014年)。](近年,技術発展によって命は政治化した、格差社会を生きる人々の選択の対象になったと論じられています。)

Price, Derek J. de Solla. 1975. Science Since Babylon: Enlarged Edition. Yale University Press.

です。他の大学でもこういう基礎文献は読むと思いますが,ハラウェイさん関連文献を読めたのはUCSCだからじゃないかなと思って,嬉しいです。こういう詳しい情報は,現地に行ってみるまでわからないかもしれませんが,教授の名前や授業説明からなんとなく検討をつけることはできると思います。

追記(読んだ本): Skloot, Rebecca. 2010. The Immortal Life of Henrietta Lacks.(この本は,あるア
フリカ系のお姉さんの子宮頚がん細胞についての伝記的な科学史の本です。著者はまず,世界中で今も使われていて教科書にも載っている実験用不死細胞”HeLa”が,誰のものなのか,誰が採取したのか,誰も知らないことへ驚きます。著者は歴史を調べ,HeLa細胞は元々ヘンリエッタ・ラックスというアフリカ系女性の子宮頸がん細胞であり,1951年にジョンズ・ホプキンス病院の白人男性医師に同意なしで採取されて以降,各地の実験室で培養・実験され続けていることを解き明かします。HeLa細胞の歴史は現在のHPVワクチン問題とは直接関係ありませんが,少なくともHPVワクチン製作/政策と摂取/接種女性の人生の歴史は,(僕が恣意的にカテゴリー分けすれば)専門家と素人・男性と女性・白人と黒人の分断の中から始まっているようです。こうした細胞の摘出と継続的な使用が規範的に許されるのか,という問いも立ちますが(参考:Landecker, Hannah. 2000. Immortality, In Vitro: A History of the HeLa Cell Line. Reader, pp. 353-366.),バトル先生のリーディングリストを見るとむしろ「誰が,何のために,どのようにHPVワクチンを概念化し利用するのか」といった記述的な問いも立つのかな,と思いました。)

4.結語
 まとめると,一つ目の大学・学部から調べる方法では,自分はまずネットで公開されている日本語・英語の大学リストを調べ,次にそこに自分は交換留学できるのか,応募要件や誰向けのプログラムなのかを調べました。”STS, Bachelor” や,”STS, Undergraduate”というキーワードもいいと思います。二つ目に,教授・授業から調べる方法では,有名な・手持ちの英語のSTS教科書の著者一覧を参考に,どんなことを研究する先生がどこで教えているのかを調べ,次にその先生の授業を自分は受けたいのか,受けられるのかを調べました。二つ目の方法では,一つ目の方法で出なかった大学の先生が見つかることもあるので,(僕は諦めましたが)気合いで調べてみるといいと思います。この記事が海外の学部でSTSを勉強してみたいみなさんの参考になれば幸いです。

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