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人に認められたいという思いが強くなりすぎた時におすすめの絵本 |『たいせつなきみ』を紹介します。

あなたは人に認められたい、でもなかなか認められない・・、と思うことないですか?
その気持ち、わかります。人に認められると嬉しいですよね!でも・・あまりに「人に認められること」が生きる目的になってしまうと、自分自身の気持ちが置いてきぼりになってしまいます。また、どこまでいっても「これで完全に認められた、私は完璧」という境地に行くのは不可能なので、いつも「自分には何かが足りない」という気もちがつきまとい、安心感がなくなります。
・・・と、まるでその境地から抜け出したような感じで書いていますが、私もまだまだ途上です。ただ、以前のように自分の状態がわからなくて、何が苦しいかわからないだけでなく、「自分は人に認められたいと思っているんだな」と客観的に見られるようになりました。
そして、今の自分でもいい、と思える時も増えてきました。

その「人に認められる」ように意識しすぎて辛くなる人がまずは「そのままの自分でいい」ことに気付けて心がラクになる絵本を紹介します。

1・絵本の紹介


今日、紹介する絵本は『たいせつなきみ』マックス・ルケード作 セルジオ・マルティネス絵 ホーバード・豊子訳 いのちのことば社 出版

たいせつなきみ

このお話を説明すると・・
ウィミックスという木のこびとたちがこびとの村に住んでいた。ここの村のこびとたちは一日中、シールをくっつけあっていた。何のシールかというと、きれいな外見をしていたり、力持ちだったり、運動神経が良かったり、頭が良いこびとは「きんぴかのお星さまシール」
でも、木がでこぼこしていたりしてきれいじゃなく、何もできず、不器用なこびとは「みにくいはいいろのだめシール」を貼られていた。

このお話の主人公、パンチネロはそんなだめシールをいっぱい付けられたこびとだった。失敗ばかりして、シールを付けられている内、また失敗してそのシールを付けられるのではないかと外に出るのが怖くなった。
そしていつしか自分でもこう思うようになった。

「あいつは だめなこびとだからな」
パンチネロは みんなからそう言われても しかたがないと思うようになっていった。
「どうせぼくは だめなウイミックスだから」
そう つぶやいた。

『たいせつなきみ』マックス・ルケード作 セルジオ・マルティネス絵 ホーバード・豊子訳 いのちのことば社出版 より引用

そして同じようにだめシールを貼られたこびとと一緒にいた。
でも、ある日、お星さまシールもだめシールも貼っていないこびと、ルシアに出会った。ルシアには、シールを他のこびとが貼ろうとしても落ちてしまうのだった。

誰にもシールを貼られないなんていいなあ、と思ったパンチネロはどうしてか聞いてみた。
すると、「毎日エリに会いにいったらいい」と教えてくれた。
エリはこの村のこびとたちを作った人だった。もちろんパンチネロのことも。

パンチネロは思い切ってエリに会いに行った。
エリはパンチネロのことを知っていてくれた。

そしてこう言う。

「・・みんなが どう思うかなんて たいしたことじゃないんだ パンチネロ。もんだいはね このわたしが どう思っているかということだよ。そしてわたしは おまえのことを とてもたいせつだと 思っている」


『たいせつなきみ』マックス・ルケード作 セルジオ・マルティネス絵 ホーバード・豊子訳 いのちのことば社 出版より引用

パンチネロはとても嬉しくなった。
そしてシールがくっつくようにしていたのは自分自身だと言われた。

それから毎日、来るようにと言った。
パンチネロはとても嬉しい思いで帰って行った。

と、このような内容です。


2・この絵本の読み解き

①シールの意味

ここでは外見が良くて、才能があるこびとにお星さまシールを貼り、外見がよくなくて、不器用なこびとにはだめシールを貼ることをしています。

私たち、人間の世界でもこういうことがある気がします。シールは「レッテル」です。

絵本の最後の方で、エリがいう、

「みんなが どう思うかなんてことよりもね。シールがくっつくように していたのは おまえじしんなんだよ」『たいせつなきみ』

マックス・ルケード作 セルジオ・マルティネス絵 ホーバード・豊子訳 いのちのことば社出版 より引用

という言葉が表すように自分が自分をどう捉えているかが全てだと気付くことも大切。

これまでずっと自分と一緒に生きてきたのは誰か?それは他でもない「自分自身」。他の人にネガティブな何かを言われたとしても、それはその人の目に映る私のほんの一部。もちろん、自分のことを本当に思って意見してくれている言葉には耳を傾けるべきです。

でも、そうでないとしたら?自分が今まで一生懸命やってきたこと、それでも上手くいかなかったこと、上手くいったこと、一部始終を知っているのは「自分」だけ。
自分の人生をよくしたいと思って生きてきた自分。だけど、なぜだか上手く行かなかったこともあった。結果に結びつかないこともあった。自分が気が付かない欠点もあっただろう。
だけど、いつだって、一生懸命だった。そのことを認めて受け入れることができるのは自分だけ。その自分を素直に認めることができたら、外のレッテルは剥がれていきます。

私も以前は自分のことを「だめだ」とよく思っていました。すごく暗い気持ちになってしまっていました。過去の失敗や上手く行かなかったこと・・
でも、よく思い出してみると、今までやってきたことの中には上手くいったこともあった、人に喜んでもらえたこともあった。そして、失敗や上手くいかなかったことさえ、わざとではなく、一生懸命やった結果だった・・。だから、今度は上手くいくかもしれない、そして一生懸命、誠実に物事に取り組む自分の姿勢は「だめ」ではないのかもしれない・・

とやっと気づき、今は「だめだ」と思うことが、ほとんどなくなりました。

・・「ほとんど」と言っている通り、今でもたま~に出てくることはありますが、思い方を変えるようにしてから、その言葉は消えていくようになりました。


②「ルシア」という存在とは

このお話では星のシールもだめシールもつかない「ルシア」というこびとが登場します。
ルシアはエリと会って、シールは自分の心が呼ぶということを知っていました。よくできるとかだめとかではなく、そのままの自分がいいということも知っています。
つまり自己受容(ありのままの自分を受け入れること)できるこびとなんです。

自分のことを過大評価も過小評価もしない。ただそのまま認める。すごく難しいことのように思えますが、①で書いたように、自分を認めることができるのは結局自分だけだということが腑におちれば、だれでも自然にできることだと思っています。


③「エリ」とは


さて、ここまで読んで、皆さんは「エリ」とは何?と思うことでしょう。この人は創造主、つまり神さまですね。そして自分自身だという見方もできます。
毎日エリに会う、というのは自分と向き合う時間を作って、自分をそのまま認めるということだと捉えています。
自分はそのままでいいんだということをどこまで自分が信じることができるか、それが信じられた時、自分を認めるということもできると思うのです。
なかなか、難しいですが。でも、自分を心底認めることができるのは「自分自身」だけ。温かい目で自分を見て、自分に優しい言葉を掛けてあげる。
そう、創造主、エリのように。それが日常にできるようになったとき、自分が自分でいることに安らぎを感じることができる。
すると、シールを貼ることもせず、貼られることもしない境地でいられるのです。

3・まとめ

いかがだったでしょうか。私はこのお話はすごく身につまされました。ついつい外見や「できること」で人を見たり、自分自身もそれで「いい」とか「だめだ」とか、判断してしまう時がある。
でもそれは存在そのものとは何の関係もないこと。
そのことを本当に理解したとき、自分を認めて、受け入れることができる、そして自分の命を輝かせるために何かをしたくなる、自分を表現したくなる。

「人に認められたい」でも「認められない」・・と辛い気持ちになった時、この絵本を読んでみてください。きっとそのままの自分を受け入れてもらえる温かさを感じることができるはず。おすすめです!



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