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しばし、ファインダーの中へ

世の中、思い通りにならないことばかりです。

昔見た古い洋画でダンディな主人公が「ままならないのが人生さ」などとカッコのいいことを言っていましたが、いくら年齢を重ねてもそんな達観した境地にはなかなか到達できません。
いくつになっても悩み多き日々です。
若者に自信満々に「人生かくあるべし」なんてお説教、恥ずかしくてとてもとてもできません。

特に、「責任」、これがこんなに重く苦しく、自分を縛るものだなんて、若い頃は全く想像もしていませんでした。
政治家や大企業のトップが責任を取って辞任、なんてニュースを見て「辞めればいいんだからお気楽なもんだな」って思ってましたけど、そんな生ぬるいものでは全然ありませんでした。
人生の悩みの9割は「責任」にまつわるものなんじゃないかと思えるほど、この二文字はどこまでもついてきて私を拘束します。
忌野清志郎のようにカッコよく「責任逃れをするぜ!」ってシャウトできれば気持ちいいんですけど、くたびれたおっさんが生きるリアルワールドでそんなことはとてもできません。

だけど、24時間365日、いつもいつも責任責任では、それこそ責任の重圧に押し潰されてしまいます。
そこで週末、私はファインダーの中の世界に逃げ込みます。

ある写真家の先生が言ってました。

写真というのはとてもいい趣味で、ファインダーを覗いているとき世界はその中だけになる。ファインダーを覗いていればその時間は嫌なことを忘れられる。

この、「その時間」だけでも現実世界のしがらみから自由になれること、それが趣味のもっとも大切な効用なのではないかと思います。
そして写真という趣味は、たとえ誰かと一緒に撮影に行ったとしても、撮っているときはひとり。ファインダーの中は何の拘束も無い自由な世界。
これがいいんだと思います。

写真家という職業に憧れる人がいます。
でも、職業にしてしまうと、大事なファインダーの中の世界にまであの重苦しく忌々しい「責任」がやってきます。
だから、自分は、写真がただの趣味でよかった、下手でよかった、仕事じゃなくてよかった、1円も稼げなくて本当によかったと心の底から思うのです。負け惜しみではなく。

「うわぁ、ちっせえ」
「こうはなりたくねえ」
と、ここまで読んだ若い人は(読んでくれる若い人がいるのかどうか分かりませんが)思うかもしれませんね。
そりゃ、いつも雄々しく力強く、過酷な現実に立ち向い組織を背負い家族を守り24時間戦えたらこんなにカッコいいことはない。尊敬もされるでしょう。
若い頃からもっと夢に向かって全力で走って行けばよかったという後悔がないわけじゃない。
でも、一生懸命生きてきてたどり着いた場所がここなんだから、もうしょうがない。
こんな小さな自分と死ぬまで付き合って行くしかないのです。
それを助けてくれるのがカメラ、写真という趣味です。

人生、ままならないことばかり。
自分の力では負いきれない責任を負わされて、そのうち潰れてしまいそうです。
だけど、ファインダーの中の世界、僅かな時間かもしれないけれど自分をほんの一瞬解放してくれる世界があるからこそ、現実世界に戻ってきた時に再び重い荷物を背負って歩いていく力が湧いてくるのではないかと、結構本気で思っています。

趣味は大事ですよ。


※写真はすべて CANON EOS R + RF24-240mm F4-6.3 IS USM
阿賀野川河口の橋の上にて撮影

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