一人称の波音 20(終)

海辺の彼女へ宛てた手紙は、いろいろな場所をたらいまわしにされて、およそ2週間後に僕の手元に戻ってきた。言葉は、伝えたい相手に届かなければ、その存在意義を失う。存在意義を失った言葉は、宙を舞い、ひとしきり思いをめぐらせてから、元の場所へ戻ってくる。ブーメランと同じだ。行き先なんてはじめから存在していない。 

 ごく、簡単な手紙だった。おいしい焼きそばと、祭りを、ありがとう。なんとかトンネルは抜け出せそうだ。というような趣旨の短いメッセージと、一枚のハンカチーフ。水色のストライプをしている。僕はその手紙とハンカチを机の引き出しにそっとしまいこみ、窓から見える景色で気を紛らせた。街は、なんというか-不透明だった。行きかう人も、その上をゆっくりと流れる雲も、不自然なくらい均質だった。いろいろな人たちを一度どろどろに溶かして、それでそれを均一になるように固めたような、そんな光景だった。まるで兵隊の人形でも見ているようだ。それは一様に腕時計を眺め、自分の行き先を確認し、みなそれぞれ目指す方向をすすんでいた。

 いずれにせよ、僕はこの町を出て行くだろう。行き先は、まだ決まっていない。

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