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乾いた涙

私には今、とても苦手な人がいる。
出来るだけ顔を合わせないようにと
日々の努力を重ねていて
そんな自分がとても滑稽に思えてきて
痛みのような乾いた涙が
はがれるように落ちてゆく。

その人が、昨夜の月明かりの中
私の目の前に現れた。

一瞬、心が凍った。
”息が止まる”とは
あんなことを言うのだろう。

私はただ、いつものように
そこから逃げたいだけなのに
私の足は、まるで
悪魔に呪いをかけられたみたいに
身動きひとつ取れないで
ただ、立ち尽くすばかりだった。

そのまわりが少しだけぼやけて見えていた。
声を使っているはずなのに
言葉は風に消えていった。

そうか…と思った。
夢だ…これは私の夢の中なんだ。
それに気付いたこの私は
いっそう哀しくなっていた。

どうしてだろう?
どうして夢はこんなふうにして、
残酷な試練を
私たちに用意してしまうのだろうか。

夢の中で、雨が降っていた。
まるで私は気がつかなかったけれど
土砂降りの雨の中、私はひとり傘も差さずに
ただ、そこに立ち尽くしていた。

雨なのか、涙なのか
それさえわからないくらい
私はびしょ濡れになっていて
冷たくて、どうしようもなくて

逃げたいのに逃げられない。
なのにあの人はどんどんと
この私に近づいていてくる。
まるで不幸を告げる為の
顔のない使者のように・・・

私はただ、小さく小さく丸くなって
震えながら両膝を抱えた。
震える私にあの人は、もうすぐそこまで・・・

醜い言葉で、私はその人を罵った。
傷つけられたあの日のことは
一生忘れはしないのだと
何度も何度も叫んでいた。

なのに・・・

あの人は何も言わず、ただ一本の
傘を私に差し出してくれていた。

私はもう、泣くしかなかった。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一