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君が生きていてくれてよかった。

結婚したことを、知らせてくれてありがとう。

電話ではしゃぐ君の声は、あの頃と少しも変わらなくて、それがなんだかとてもうれしくて…。心からおめでとう。あの頃は、まったく気付かないでいたけれど、時はちゃんとこんなふうに、君を待ってくれていたんだね。

電話の君は僕の中で、あの頃のままの笑顔でいたから、そんな君を思い出すうちに、いつも、あの言葉の意味を探し続ける僕に気付きます。

昔からの友達だった君は、あの夜、はじめて僕に打ち明けてくれたね。

”私はかつて1度だけ、自殺しかけたことがある”ってことを。

あの頃の君は少しだけ、自分を見失っていたのかもしれない。でも今思えば、あれが本当の君だったのかもしれないし、君にしてみれば、それは特別なことではなかったのかも知れない。

でも僕にしてみれば、あんな君ははじめてだった。

人の心の奥深い場所は、決して他人には触れることの出来ない大切なところだから、それに対して伝えるべき言葉を選べなかった記憶だけが、今もこの胸に残っています。

だから僕はあのとき君に、こんなことしか言えなかった。

「君が生きていてくれてよかった」と。

どこか浮いたような、なんて間の抜けた言葉だったのだろう。でも君は少しだけ驚いて、そして少しだけ微笑んだあと、しばらく泣いていたよね。

今思うと、それは、なんのなぐさめにもならなかった気もするし、もちろん君がそんな言葉を望んだわけではないことを、僕はわかっているつもりでした。

でも、ただ「死にたいなんて、二度と思わないで」という言葉では、当たり前過ぎるほど正しいにしても、ただ、まっすぐな君に対して、まるで雲の形を例えるようで、どこか違っているような気がしました。

かつて、自分の命を終わらせようとした君が、今度は君自身がその新しい命を、この世に生み出そうとしている。それはなんて不思議な、それでいて、素敵なめぐりあわせなのだろう。

目の前に広がる君の人生は、決して楽なものではないのかもしれない。でも、君の中の、まだ目も見えないようなちっぽけな存在が、その大きな愛情で、君をやさしく抱きしめてくれることだろう。

おめでとう。

そして、ありがとう。
やはり今も、僕は思います。

君が生きていてくれて本当によかったと。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一