見出し画像

あの頃の初恋。

今ではもう、遠い街で仕事に頑張っている娘だけど、娘が中学3年生くらいだった頃、知らないうちに「かわいい」から「きれい」になっていることに気がついて呆然としたことがあった。

”あぁ”とか、”うぅ”とか、そんな言葉にならないような感情に飲み込まれ、ちょっと困惑してしまった。

なんてことだ。
いつの間に、こんなふうに・・・。

冷静に見ても、娘の顔はニキビでいっぱいだったし、それでも着ている洋服にこだわりが見えたり、そのポーチが服にさりげなく似合っているのに気づいたとき、子供だと思ってた娘が、いつしか街にとけ込んだ、その他多くの女性の中の、ひとりの”彼女”に変わった気がした。

もうすぐ恋をするんだろうか?(いや、もうすでにしているのだろうか?)娘はどんな人を好きになるんだろう?そして私の知らない秘密は、今どれほどあるんだろう・・・

なんてことを考えてたら、ふと、切なくなった。午後の賑わう書店の中で、真剣に本を選んでる娘の横顔はまるで、恋を探しているかのようだった。


私が中学生の頃(ちょうどあの頃の娘と同じ頃。)ずっと好きだった女の子がいた。そのきっかけは、とても不思議なものだった。

ある日、教室である女子が、ひどく、先生に叱られていた。その女子は、決して悪いことをしたわけではなくて、どちらかというと、その鬼教師が意地悪をしているだけのことだった。

単なる教師のいじめだ。

教室の中では”誰かが助けなければ”という空気が充満していた。けれども僕ら男子は、日頃はプロレス技で遊んだりするのに、叱られているその女子を援護することもなく、ただ、黙ってうつむいていた。

そんなときだった。彼女が泣きはじめたのは。それは叱られているその女の子ではなく、全く関係のない彼女(私が好きになった彼女)が、教室の隅でひとり、涙を流していたのだ。

はじめてだった。あんなきれいな涙を見たのは。(その涙に気づいたのは、たぶん、私だけだったと思う。)

そのとき、その涙の理由を、私はずっと探していた。別に叱られているその子が彼女の友達というわけでもなかった。ましてやすぐに泣いてしまうような、そんな弱い彼女でもなかった。

そんな彼女が、ひとり静かに泣いている。

そのときなぜか、私にはすぐにわかった気がした。それは”こんなにも何も出来ない自分を知っての涙なんだ”と。たぶん、私にも似た感情が、心のどこかにあったからだと思う。

それに比べ・・・そんな感情を持ちながらも・・・私はただ、目の前の出来事は、すべてテレビで見るような他人事で、うわべだけつくろって、神妙な顔してはやく終業ベルが鳴らないかな、くらいにしか思っていなかった。

そんな自分が恥ずかしくなって、消してしまいたい気持ちにもなって、そんな中、私は静かに花が咲くように、彼女のことを好きになっていた。

それからの私は、ただ、いつもの私のままで、気づいて欲しいような気づかれたくないようなそんな不思議な気持ちのままで、とうとう打ち明けることはしなかった。(その理由はあの頃の自分に聞いてみないとわからない。)

そんな中でも、二人にいくつかの出来事はあって
それでもう、十分な気がした。

今思えば、はじまりも終わりもない、私の中で勝手に生まれ、そして消えていった・・・。そんな小説にもならない恋だった。

あれからいくつか時が流れ、二人とも二十歳をすぎた頃、ただ一度だけ、駅で、彼女を見かけたことがあった。

頭の小ささと目のかわいさは、相変わらずだったけど、あの頃、短かった彼女の髪は、肩にかかるほどサラサラと伸びていて、とても美しかった。そして、その彼女自身も。

あんなにきれいになってなかったら、あの頃のままの彼女だったなら、私は気軽に声をかけられたのかもしれない。

ただ、いくつか彼女に聞きたかったこと。

それは私の気持ちに気づいていたかどうかということと、(たぶん、気づいていたと思う。)あの時流した涙の理由を彼女の口から聞きたかったことと・・・。

それがわかって、はじめて私のこの恋は、はじまりと同時に終わることが出来たのだと思う。

あのとき彼女は、私に気づいたような気づかないような、そんな切ない微笑を残して、やがて人ごみに消えていった。それはあの頃と、なんら変わりはしなかった。

・・・なんてことだろう。ちょっと大人になった娘の想い出に、こんな淡い想いが蘇るなんて。


気づけばいつしか街の夕暮れが、赤くどこまでも広がってた。

どこか見覚えのある夕暮れ。

確か最後に彼女を見かけたのも
こんな季節だったような気がする。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一