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消えゆく命たち。

「私のまわりで不幸ばかり、起こってしまうわ・・・」

夜遅く、私が仕事から帰るなり、奥さんがそうつぶやいた。部屋のテレビは電源が切れていた。まるで部屋が音の存在を、忘れてしまったかのようだった。たぶん彼女はひとり黙って、何かを見つめていたのだろう。

「友達がね・・・」彼女の言葉がそこで途切れる。

「友達が?」と私は言葉を返す。

「友達がね、突然に死んでしまったの。彼女はね、私が学生の頃、一番の親友だったの。さっき田舎の友達が電話で教えてくれたの。それがね、おかしいのよ。昨日までね、元気に笑っていたんだって。それがね、急にね、心臓発作が起こって・・・」

途切れ途切れに話す彼女。私はもう、何も尋ねることは出来なかった。去年の同窓会の時は、とても元気で”また会おう”と約束さえしたらしい。あの時が最後だなんて・・・そう彼女が小さくつぶやく。

涙は見せていなかったけれど、たぶん私が帰るまでに泣き終えていたのだろう。なんとなくそれが私にはわかる。彼女はなぜか私には、決して弱いところを見せたりしない。哀しい映画やドラマでは、ボロボロと涙を流しながらチーンって思いっきり鼻をかむくせに。

こんなとき、なぜか彼女は絶対に、泣いたりしないのだ。
強いな・・・と思う。私なんかよりも。

この前は、友達が流産してしまった。そして今度は、学生時代の親友が突然に死んでしまった。神様は、何をそんなに急ぎながら死というものを、僕らのまわりに用意するのだろう?こんなこと、気まぐれになんて、絶対に言わせはしない。

確かに人はいつか死ぬ。それは神様、あなたが決めたことかもしれない。でも、でも、・・・うまく言葉に出来ないけれど、人は生まれた時のように、どうして死なせてはもらえないのだろうか?

人は誰もが母のあたたかい手に、抱かれてこの世に生まれてくる。それに比べ、人は死ぬとき、どうしてあんなに孤独なんだろう?まるで電池が切れたみたいに、いきなり命が止まってしまって、何の準備も出来ないままに、ひとりきり、死んでゆく。

こんなことって、あるか!って思う。

奥さんの中には、まだ、彼女のあの笑顔が、まぶたの裏に、くっきりと残っているのだと言う。本人はもう死んだはずのに、心はいつまでも消えてゆかない。本当に大切なものは、たぶんそんな場所にあるのだ。

「彼女の人生、幸せだったのかなぁ・・・」

奥さんがポツリとつぶやいた。

そうつぶやいた彼女の中に
神様が見落とした幸せが
そこにあると私は思った。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一