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哀しみの道。

哀しみの道をひとり歩いていた。

気付けば僕はそこにいた。
気付けば僕は残されてた。

心は行き場をなくしたまま
想いは迷い続けている。

哀しみの道は一本道で
先には誰も見えはしない。
先には闇が広がっているだけだ。

あるときその哀しみの道に
ひとつの小さな花が咲いてた。

けれどもその小さな花は泥にまみれ
葉は破れ無残にも枯れかかっていた。

誰かがきっとこの道を歩いて
そして誰かがこの花を踏んだ。

そう思うと僕は哀しくて
泣きたくて叫びたくて
そしてあの暗い感情が生まれた。

それはあの日に僕が抱いた
この道へと続くものだった。

僕は何度も泣いた。
何度も地面に向って泣いた。

そしていつしかこう思うようになった。

この道は暗いから
だから誰も気付かずに
間違って踏んでしまったのだと。

本当は憎しみとか恨みとか
そんな尖った感情ではなく
ただ気付かなかっただけなのだと。

そして決定的なことは
この道は決して哀しみの道ではなくて
本当はとても明るくて
希望に満ちていたのではないのかと。

だからこんなにも小さな花が
この道に咲いてた。
だからこんなにも暗くても
この花は咲いていた。

こんなになってもこの小さなものは。

僕はこの花を守ろうと思った。
この道にとどまってでも
この花を守ろうと思った。

誰かがこの哀しみの道を
歩いてきたら
「ここに花があるんだよ」と
教えてあげようと思った。

そして僕はその花に誓った。
ずっと守り続けるからと。

あるとき誰かが歩いてきた。
小さな子供だった。

そして僕は子供に言った。
「ここに花があるんだよ」と。
子供は「わからない」と言って
僕の横を通り過ぎていった。

次に少年が歩いてきた。
そして僕は少年に言った。
「ここに花があるんだよ」と。

その少年は「つまらない」と言って
僕の横を通り過ぎていった。

次に少女が歩いてきた。
そして僕は少女に言った。
「ここに花があるんだよ」と。

その少女は「知らない」と言って
僕の横を通り過ぎていった。

次に若い人が歩いてきた。
そして僕は若い人に言った。
「ここに花があるんだよ」と。

その若い人は僕をにらむと
「邪魔だどけ!」と
つばを吐いていった。

次に中年の人が歩いてきた。
そして僕はその人に言った。
「ここに花があるのですよ」と。

その中年の人は僕に言った。
「こんなときにお前は何をしてるのだ」と。
だから僕はこう言った。
「この花を守っているのです」と。

そしてその人は僕に言った。
「お前が守っているのはただの
おまえ自身じゃないか」と。

次に年老いた人が歩いてきた。
そして僕は年老いた人に言った。
「ここに花があります」と。

その年老いた人は小さく微笑むと
何も言わずに僕を見て
ただ通りすぎるだけだった。

僕は虚しくなっていた。
「誰もこの花が見えないのか
誰も大切じゃないのか」と。

僕はもう花を守るのをやめた。
そんなふうに生きていても
ただ疲れるだけと思った。

いつかの約束さえ忘れ
投げやりになった僕に花は
何も言わずにこんな僕を
ただ静かに見つめていた。

やがて僕はまたひとり
哀しみの道を歩いていた。
なんのあても目的もなく
ずっとずっと歩いていた。

するとそこに若い人が立っていた。
その若い人は僕によく似ていた。
そして僕にこう言った。

「ここに花があるんだよ」と。

・・・・そこに花はなかった。


僕はやっと気が付いた。
人には他人の大切なものが
誰にも見えはしないのだと。

それは愚かでもない滑稽でもない
たとえそれがくだらないものでも
誰も否定することは出来ないと。

今日も誰かが何かを守っている。
どこかでずっと守っている。

たとえそれが間違っていても
たとえそこから動けなくても
それでも信じる何かのために
今日も誰かが守っている。

いつかまた 誰かに言われたら
僕はなんと答えるだろう。

やがて暗い哀しみの道に
静かな風が流れたとき

僕に小さな光が見えた。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一