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オチコムさんと星降る夜。

オチコムさんがやってきました。

彼は私の友達で、時々思い出したようにやってきては「どうも、すみません」と自分で勝手に座布団を敷いて、黙ってお茶を飲んでいます。(彼は夏場は、冷たい緑茶が好きなようです。)

「今日はどういったご用件で?」と私は聞くのだけれども、オチコムさんは、いつも何も言わないで、でん!とそこに座っています。

彼は、ほんの少しだけ、顔の区別が付かないような、お相撲さんに似ているので、図体もとても大きくて重たくて。なので一度座ったら、なかなか離れてはくれません。(彼のその背中には、小さな羽根が生えていますが、役には立っていないようです。)

「そろそろ・・」と私は何気なく催促をするのだけど、彼はいつも黙ったままで、空を見たり、星を見たり、月を見たり、風を見たり…そして、時々、涙を流したり、それを拭いたりを繰り返すばかりで…

「どうしたの?」と私は何度も聞くのだけれども、私がつい、優しくすると、わんわんと大きな声で泣いてしまい、手に負えなくなってしまいます。

だから私は、黙って彼の様子を見つめることにしています。彼は今も、私のすぐ近くにいます。近くにいて心配そうに、時々、私を見つめてくれます。

オチコムさんは、とても優しいです。

まるで小さな子供のように、私の心にそっと触れて、何も言わずに私に何かを、伝えようとしてくれます。そして私の何かを黙って、抱えようとしてくれます。

私の抱えたもの、全部、オチコムさんは抱えてしまうと、いつも、ちょっとだけ微笑んで、やがてどこかへと消えてゆきます。

彼が去った後はなぜか、心地よい風が流れてきます。照れ屋の彼の、それが合図なのかもしれません。

オチコムさんのことはまだ、よく知らないのだけれど、彼がいなくなると、苦しさや、哀しみが、やがて和らいでゆくのがわかります。

それはオチコムさんが、本当は取り除いてくれたわけではなくて、うまくは言葉に出来ないけれど、まだたぶん、苦しみや哀しみは、私の中のどこかにあって、それを私が抱えてゆく力を、彼が私にくれたんだと、今の私は思っています。

とてもやっかいだけれども
彼にはとても感謝しています。

久しぶりに、オチコムさんが、やってきました。
今夜は星が、とてもきれいです。

なので彼は、黙って今も、星を見ています。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一