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決して言ってはならない言葉。

レジのアルバイトが、お客さんから長々と説教を受けていた。30代くらいの体育の先生かな?と思ってしまうような体格のがっちりした方だった。クレームってほどのことじゃなさそうだったけど「君、今後は十分に気をつけるように」という最後の言葉だけ私の耳に聞こえてきた。アルバイトが丁重にお詫びしていた。お客さんが立ち去ったのを見て私は尋ねた。

「一体、どうしたんだ?」

バイト君は、不思議そうな顔してこう言った。

「いや~、なんかよくわからないんですけど、言葉使いを注意されちゃったんです。「何々でよろしかったですか?」って確認の意味で尋ねたら「その言い方は間違ってる!」ってくどくどと言われたんです。どこがいけないんでしょうかねぇ?」

・・・うわちゃー、なんてことだ。

本人は、どこが間違いなのかさえ、さっぱりわかっていない様子だ。「よろしかったですか?」と過去形で聞くのがおかしいんだ。まいったな。これから本当に注意しないと、まずいなぁ。

そういえば、私はかつて1度だけ(かどうかは定かでないが)接客の中の言葉使いで、大失敗をしたことを思い出した。かなり昔の話になるけれど、あるお客様が”ビデオの調子が悪い”とクレームを言いに来られた時のことだ。

まだ、新入社員だった当時の私は、忙しすぎる先輩達に比べ一番暇そうにしていたので、私が対応するはめになった。

「買ったばかりなのに、もう、動かなくなった!すぐに交換してくれ!」

最初は怒鳴るほどのクレームではなかったが、40代のいかにも中間管理職の”今が働き盛り”みたいなその男性は、本当に困っている様子だった。すぐって言われても困るというもの。調べてみないと・・・でも、確かに動かない。やはり故障しているようだ。しかし、保証書を見てみると、3ヶ月くらい前に買われたものでしかも、現品限りの商品を、”こんなに安くていいのか!”と叫びたくなるような超激安な価格で売られていた。

先輩からは「現品特価商品の場合、旧品で価格が極端に安いため、もしも初期不良の場合には、保証期間内ということで無償修理、またはご返金で対応するように」と教えられていた。(昔のことなので、今はどうかわからない)

確かに現品処分品の場合、商品によっては営業時間中、売場でずっと電源を入れたまま映像を流している商品もあり、どうしてもすぐに不調を起こす場合がある。いわゆるワケあり特価だ。それをすぐに新品交換というわけにはいかない。

私はそんな事情をやわらかく説明をして「無償修理か、もしくはご返金で・・・」とお願いしたのだが、そのお客さんはどうしても納得をして下さらず、逆にどんどん声は大きくなり「新品と交換するのがあたりまえだろうがー!」と叫び出す始末だった。

まだ、若かった私は、その時点でカチンときた。”何が当たり前だ!それはあなたが自分の都合で勝手に作ったものだろうが!”なんて心で叫んでいた。

「ですがお客様、誠に申し訳ないのですが、こちらの商品は古い型のため、もうメーカーも在庫は持っておりません。ですから新品と交換は不可能です」とそれでも私は丁寧に答えた。現実的に無理なんだと理解してもらう為に。

すると、そのお客様はこう言われたのだ。
「だったら、この新型モデルと交換したらいいだろうがぁ!」

このとき私は今で言う、”キレて”しまったのだと思う。でも、それを態度に出してしまったら終わりだと思った私は震える気持を抑えつつも、言葉はすでに別の生き物になっていた。

「人の弱みにつけこみやがって・・・」

そう心でつぶやいたつもりが、はっきりと言葉になってしまっていた。体で態度に出さない代わりに、言葉が態度に出てしまったのだ。今思ってもぞっとする。お客様に対して絶対に言ってはならない言葉「・・・しやがって」という最悪な言葉を、私は使ってしまったのだ。

3秒くらい、頭の中が真っ白になっていたと思う。気づいたらお客様が血相を変えて、私の胸倉をつかんだまま叫んでいた。

「なんだその言いぐさは!今すぐ店長を呼べー!店長を呼ばんかいっ、ごらぁ!」

私も若かったのだろう。その言葉に、ちゃんと謝りもしないまま不機嫌な態度で店長を呼んだ。私はお客さんと店長のふたりから、嵐のごとく長々と説教を受けるというワケわかんない状態になり、ボロボロと涙をこぼしたのだった。

結局、そのクレームは、お客様の言い分がすんなりと通り新型を同じ金額で交換することになった。それから私は1ヶ月くらいずっとヘコんでいた。情けない自分自身と、怒鳴ればすぐにお客の言いなりになってしまう店の態度とそのいい加減さに、涙が枯れるほどあきれてしまったのだ。

接客とはこういうものなのか・・・
そう思うと、私は果てしなく絶望をした。

”こんな仕事、絶対に辞めてやる!”とあの時、心からそう思ったが、あれから20年以上も過ぎた今、まだ、サービス業を続けている私に、なんの説得力もないだろう。

なんだか知らないけど接客は、あきらめきれない初恋のようだ。好きと嫌いをくりかえすばかりで、私のほうが、実にいい加減なものだと言える。

思えばバイト君の使った言葉、”~でよろしかったでしょうか?”なんてものは、実にかわいく思えてしまう。そのくらい大目に見てよって、つい、お客さんに言ってしまいそうだ。

・・・とまぁ、そんな苦い昔のことを思い出しつつ、私はバイト君に正しい接客話法を教えた。こうして今、教える立場にいる私が、不思議で仕方がない。

最後に私は彼に、こう意味ありげにアドバイスをしてみた。

「いいか、お客様に決して使ってはいけない言葉というものがあるんだ。それがなんだかわかるかい?」そう言うと、バイト君は真剣なまなざしで私をみつめた。

私は深呼吸ひとつして、ゆっくりとこう話した。

「それはだね、例えば”何々しやがって!”とお客さんに対してとんでもなく偉そうな態度で言うことなんだ・・・」

ニヤニヤしながらそう言うと、3秒間の妙な静寂の後、彼は不思議そうな顔をして、やがてこう笑い飛ばしたのだった。

「なんの冗談すかそれ?そんなの当たり前のことじゃないっスかー!そんなヤツ、店員に、いや、この世にいるわけないっスよー!ハハハ!」


やれやれ・・・

その”いるわけないっスよー”のヤツに
キミはこうして教えられているのだよ。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一