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カギっ子だった僕と君の声。

あれは僕が小学3年くらいの頃だったと思う。

あの頃、カギっ子だった僕は、学校が終わって家に着くと、玄関のカギを開け、いつものように「ただいま」と言った。両親は仕事に出かけているので、もちろん何の返事もない。シーンと静まり返っている。当たり前だ。カギを開けるとはそういうことだ。

でもやがて、家の奥からバタバタという音が聞こえてくる。それと共に同じ「ただいまー」って甲高い声がするんだ。それは「おかえり」じゃなくて。なんてヘンテコなやり取りだろう。でも、その声の主はキューちゃんだからだ。

あの頃、僕が寂しくないようにと、親が九官鳥を飼ってくれたのだ。鳥かごの中で元気いっぱいの君は、バタバタと羽根を鳴らして、よくしゃべっていたね。

他の九官鳥は知らないけれど、僕のキューちゃんは、僕の言葉を繰り返すだけだった。だから「ただいまー」って僕が言うと「ただいまー」って答えてくれる。それがあの頃の僕たちの合言葉だった。

こんな昔を思い出したのは、たまたま見つけたこんな古い家の美しい風景を見つけたからだ。どことなく私の故郷に似ている。その美しさに思わず僕はシャッターを切った。そしてそのとき、気まぐれな風のように、とても懐かしい想いが心にそっと触れた。するとあの「ただいまー」の返事が聞こえたような気がしたんだ。

あのキューちゃんの「ただいまー」の声が。

そういえば、こんなこともあったよね。母が口ずさむくらい好きだった演歌を、君はすっかり覚えてしまって、よく歌っていたよね。そのたび、家族みんなで笑ったんだ。今はもういない父や、まだ、僕を覚えていた頃の母が思いっきり笑っている。それはなんて幸せな光景だろう。

あの頃がとても懐かしいよ。

キューちゃんは、僕が高校を卒業する頃には死んでしまった。でも、あの甲高い声だけは、僕の中で消えてゆかない。彼のその短い人生は、いつも僕の笑顔を作ってくれた。その君のおかげで、僕は寂しさと友達になることが出来たんだ。心からうれしく思うよ。

今ではもう一年に一度くらいしか帰れないけど、今でも懐かしい家に帰り「ただいまー」って言うと、時々、君の「ただいまー」が聞こえるような気がするんだ。

そのたび僕は、小学生のあの頃に戻って、君にエサをあげるんだ。でも君はくちばしで、僕の指までつつくから、とても痛い思いをして、僕に涙がこぼれたけれど。

でも、それが僕のちょっと寂しくて、そして幸せな想い出なんだ。

ありがとう。こんな気持ちを。
また君を、時々、思い出してもいいよね。

だって君はあの頃の、僕の大切な友達だから。

最後まで読んで下さってありがとうございます。大切なあなたの時間を使って共有できたこのひとときを、心から感謝いたします。 青木詠一