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事業をつくるために「捨てた」こと(松崎英吾)

連載:サッカーで混ざる――事業型非営利スポーツ組織を10年経営して学んだこと
視覚障がい者と健常者が当たり前に混ざり合う社会の実現に向けて、体験授業から企業研修、国際大会主催、代表チーム強化、企業や行政とのパートナーシップ締結まで幅広く活動する著者。本連載では、10年にわたる試行錯誤を通じて学んだ、スポーツ組織やNPO経営の醍醐味と可能性を考える。

「5年で参加者169人」は少ない?

猛暑のなか、夏休みを迎え始める小中学生たち。保護者の方からすると、子どもたちに夏休みをどのように過ごしてもらうかは悩ましい問題かもしれません。体験教室やキャンプなど選択肢もさまざまあることでしょう。

日本ブラインドサッカー協会(JBFA)は2013年から、視覚障がい児を対象にした「ブラサカキッズキャンプ」を実施しています。全盲や弱視の子どもたちが、サッカーを含めたさまざまなスポーツ、海や山での遊びを楽しみ、学ぶ2日間のプログラムです。

参加者は毎年約30人から50人。5年間でのべ参加者は169人。一般の子ども向けキャンプを知っている方からすると、5年で169人は少ないと思われるかもしれません。ですが、18歳未満の視覚障がい児者は約5,000人。ターゲットは明確であるものの、この5,000人にアプローチをすることは実に困難でした。

この事業を通じて、私たちが試行錯誤しながら学んでいったことが、NPOや障がい者スポーツに携わる方にとってヒントになればと思い、今回はブラサカキッズキャンプという事業をどう築いてきたかをお話したいと思います。

顧客へのアプローチを阻む「3つの壁」

「ブラサカキッズキャンプ」を立ち上げるにあたって、関係者の方々にヒアリングを実施しました。視覚障がい者から視覚障がい児の親、障がい者支援に取り組んでいる方などです。そのヒアリングから明らかになったことと、私たち自身がJBFAの活動を通じて感じていたことを統合すると、この事業には3つの壁があることが見えてきました。

① 視覚障がい児は見つけにくい
まず、18歳未満の視覚障がい児者は約5,000人と絶対数が少ない。それだけでなく、最近では視覚特別支援学校に弱視の子どもが通わない傾向が強くなり、特別支援学校を通じて、視覚障がい児に容易にアプローチできるわけではありません。つまり、ターゲットである子どもたちが「どこにいるかわからない」のです。

② 運動することが得意ではない
また、視覚障がい児が体を動かす機会は、実は学校の体育の授業程度。一般の子どもが放課後や週末に通うスポーツクラブや団体は、障がい児の受け入れが進んでいる状況とは言えません。そのため、運動そのものが得意ではない、スポーツ活動の参加に対して消極的という子どもが多いのです。

③ 保護者の負担が大きい
そして、視覚障がい児がスポーツをするには、基本的に保護者の方がその都度、引率する必要があります。身近なスポーツ機会が充実していないため、遠方に出かけざるを得なくなり、保護者の負担は大きくなってしまうのです。

関係者にヒアリングすればするほど出てくるのは、「視覚障がい児を集めるのは難しい」という声。でも、子どもたちが思いっきり遊んで学ぶ機会を届けたい。そしてサッカー団体として、選手の裾野を広げていくことは不可欠。いったい、どうすれば?

キッズキャンプがうまくいき始めた「3つの要因」

上記の壁を乗り越えるために必要だったこと。それは「サッカーをさせたい」という私たちのウォンツを捨てることでした。ウォンツを捨て、顧客ニーズに耳を傾けること。では、どのように「商品づくり」をしたのか、その要因をまとめてみました。

① 顧客主導で考える
スポーツ界に身をおいていると、選手を「発掘する」という表現にしばしば出くわします。そこには「優秀な選手になりそうな子を見つけ出す」という意図が見え隠れしています。私たちが「発掘」しようとするなら、当然その子は運動能力が高く、将来日本代表に選ばれるような可能性を持っている子どもたちが望ましい。しかし、そのような視覚障がい児を見つけることは、前出の「3つの壁」から考えても極めてハードルが高いのです。

そして、「サッカーをしたい!」と思える子どもを見つけることも困難。視覚特別支援学校ではサッカーを実施していないケースがほとんどで、サッカー経験のない子どもたちが潜在的ターゲットだったのです。

そこで、サッカー団体である私たちは、サッカーをある意味捨てることにしました。顧客である子どもたちは、運動が好きではなく、サッカーをやったことがない。つまり「ブラインドサッカー体験会」では魅力を感じないのです。

代わりに、2つの提供価値を柱にすえました。ひとつはサッカーに限らず、体を動かす楽しさ。運動に苦手な子どもが多いなか、夏らしい体験として、海や湖、ハイキングといった要素を取り入れ、まずは体を動かすこと自体が楽しめることに焦点をあてたのです。

もうひとつは、同級生と仲間をつくる喜び。視覚特別支援学校では、同級生が一人や二人しかいないことも多く、同級生とスポーツをして過ごすこと自体がほとんどありません。楽しむだけでなく、同級生と競い合い、切磋琢磨する機会も乏しかったのです。

そうした「顧客主導」で考えることから、私たちの事業を「サッカーキャンプ」ではなく「サマーキャンプ」と位置付けることになったのです。

② 保護者を第2の顧客に
サマーキャンプにおける顧客は子どもたちだけでありません。保護者の方が「引率者」ではなく「参加者」となっていただくことを目指しました。具体的にはキャンプ期間中、お子さんと一緒に過ごす時間は少なくし、視覚障がい児をとりまくスポーツ環境や、先輩である大人の視覚障がい者と対話する時間を設け、保護者にとっても役に立ち、学びがあるプログラムを構築していきました。

そうすることで、保護者の方の満足度も向上し、JBFAに携わることに好意的になってもらうことができたのです。この保護者の共感が、キャンプ後も継続的に存在する、サッカーのトレーニング等への送迎の心理的負担を下げることにも繋がりました。

③ 第3の顧客によって、負担を軽減する
保護者も必須参加とすることで、メリットもありますが、デメリットも生まれました。それは家庭ごとの費用負担の問題です。お子さんと保護者からそれぞれ参加費用をいただくと、それなりの金額になります。そこで第3の顧客の登場。企業のサポートによる負担軽減に取り組みました。

企業には、このキャンプへの参加者を募りました。社会貢献への関心が高い企業の多くが、社員がみずから体を動かし、その場に参画することを大切にしているからです。このキャンプを社員の参加機会とすることで、企業に対しても価値提供することを目指しました。その結果、資金的なサポートをいただき、各家庭に負担いただく費用を軽減することができたのです。

自分のウォンツを手放し、顧客のニーズに向き合う

このキッズキャンプは、ある意味、子どもたちと保護者の双方をターゲットにした「ファンづくり」です。サッカーを前面にださず、楽しい体験から、JBFAのファンになってもらおうという企みでもあるのです。

ただし、私たちはサッカー団体です。全国にあるクラブチームに子どもたちが参画してほしいし、将来的な日本代表も育成したい。そこで、ファンになってもらった子どもたちと保護者に、次のステップとして、サッカースクールのような事業に案内をするのです。

キャンプを通じて、JBFAを好意的に捉えてもらうことや、コーチの顔や性格を含めて知ってもらう。そうすることで、次の参加のハードルを下げることができました。現在では、キッズキャンプがきっかけでブラインドサッカーを知り、日本代表の強化指定選手に選ばれた子どももいます。

また、この事業を通じた社会的インパクトという側面も見逃せません。視覚障がい児は運動が苦手です。2014年の運動能力テストでは約90%がA〜E評価のうちE判定でした。その一因はやはり運動機会そのものが乏しいこと。

そうした背景を踏まえてJBFAでは、子どもたちの運動能力向上を、事業の成果のひとつに位置づけています。そして、今回お話したキッズキャンプをはじめとする取り組みの効果は少しずつ出てきています。2017年の運動能力テストでは、まだ約80%がE判定ですが、20%がD判定以上、さらにはB判定の子も出てくるようになりました。

「子どもたちにサッカーをやらせたい」という私たちのウォンツは常に根底にあります。しかし、このウォンツから事業を組み立てるのではなく、顧客がだれなのか、その課題やニーズはどのようなものかを検証する。そうすることで、「視覚障がい児を集めるのは難しい」と言われた事業を成り立たせることができるようになったのです。

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松崎英吾(まつざき・えいご)
NPO法人日本ブラインドサッカー協会 事務局長。1979年生まれ、千葉県松戸市出身。国際基督教大学卒。学生時代に偶然出合ったブラインドサッカーに衝撃を受け、深く関わるようになる。大学卒業後、ダイヤモンド社等を経て、2007年から現職。2017年、国際視覚障がい者スポーツ連盟(IBSA)理事に就任。障がい者スポーツの普及活動、障がい者雇用の啓発活動に取り組んでいる。(noteアカウント:eigo.m

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