相変わらずな僕ら

白々しい夏蜜柑の輝きを見ていた。薄い鼠色の雲の下で黄色い球体が今、何の光を反射しているのか分からなかった。彼女が買い物に出た直後に雨が降り始めた。傘を取りに帰って来なかったから、なにか理由があるのかもしれない、と思う。徒歩だとスーパーまでは10分程掛かかった気がする。
ここ最近、TVは付けっぱなしだった。特に面白そうな番組はやっていなかった。最早それは動きのある様々な彩度でしかなくなり、消音ボタンを押したらますます付けている意味がなくなった。窓ガラスに貼り付いた水滴が垂れていく。背中にうっすらと吹き出る汗を見ている気がした。背骨の辺り、皮膚を伝って流れていく水分を注意深く感じながら、彼女の帰りを待った。

積み重なった数ヵ月分のアルバイト雑誌の山の一番下のを強引に引き抜いた。山が滑らかに崩れる。適当に頁を捲り見漁った。何処かでカラスが強か鳴いた。立ち上がり、ベランダの窓を開ける。網戸に雨が何粒か引っ掛かっていた。その奥に見えるゴミ置き場で何羽のカラスがゴミを漁っている。真っ黒の市指定のゴミ袋が器用に引き裂かれている。生ゴミと共に散乱する、かつてのゴミ袋は歪なカラスの死骸に見える。
トイレから戻り、ベッドに腰を下ろすと苦しそうに軋んだ。素足に付いた埃を掌で擦って落とす。消しカスの様に纏まった埃に息を吹き掛け、ベッドの下に追い込んだ。新たな埃の出来上がりだ。風雨が強くなっている。外で何かが倒れる音がした。額に汗が滲む。エアコンをつけるとガタガタを古めかしい音を立て、冷風を吐き出す。黴か埃の臭いだろうか、鼻を刺す異臭がし、直ぐに電源を切る。汗をTシャツの裾で拭う。買った時に比べて随分と草臥れている事に今更、気が付いた。

喉が渇いている。台所に立つと蛇口が申し訳なさそうに水をたん、たん、たん、と垂らしている。栓をきつく締めるがリズムが多少、ゆっくりになるだけで水滴は垂れ続けている。締まりの悪い関係が自分達と重なる。更に力を入れて栓を捻る。水滴は出続ける。コンロの前の壁が油汚れで薄茶けている。指でなぞるとヌルリとした、未練たらしい感触に鳥肌が立つ。床板の軋みは互いに分け合った負担の様だ。ゴムパッキンが黒い黴に覆われている。僕らの過ちみたいに思える。二週続けて出し忘れた資源ゴミの詰まった袋は僕らを押し潰そうとする、僕らの感傷かもしれない。この家はもう無理かもしれない、と思った。冷蔵庫が悪びれもせずに唸る。

玄関のチャイムが無機質に響いた。ドアスコープの向こうには緩く歪曲した彼女が見える。髪の毛は雨に濡れ、顔にまとわりつき、パーカーの青色は深みを増して重たげだった。透明なレジ袋ひとつを両手で持っている。玄関のドアを開ける。レジ袋の中には醤油とパスタしか入っていなかった。食事の支度を手伝うよ、と告げるとパンツくらい履いたら?と彼女は笑った。
僕も同じ様に笑った。

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