Transistor Cult Cp.5

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VRC環境課


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[街中] PM 7:00

9116区域の夜は騒がしい。
今日もまた電脳クラブの入り口が爆破されたとの通達が届く。


「これで20件目か……」


区域マップの至る所に赤のバツ印が記入されている。
そのどれもが電脳オーディオに関する店舗や施設だった。
電脳クラブは言うまでも無く、オーディオ販売店舗や開発企業の下請けなどもその対象となっている。
なっているのだが、事故現場の調査を行っている課員は首を傾げた。


「入口の強化扉が焼け焦げた程度……。それも営業休止中の店舗って、何がしたいんでしょうか?」


あの日から爆破事故は毎日発生しているが、怪我人は一人も出ていない。


「さて、ね。私たちは上の判断を仰ぐだけだ」


「周辺の警戒を継続せよ、ですね。監視カメラの映像は?」


「もう送ってある」



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[医療室] PM10:00


「む、ぅ」


唸り声と共に老人が目を覚ます。


「ここは?」


「あ、起きられました?ここは医療室です。今課長を案内するので、そのままで少々お待ちくださいね」


眼鏡をかけた獣人が室内の操作パネルへと向かい、何かのやり取りをしている。


体を起こそうとして、腕の感覚が全くないことに気付いた。


「まだ動いては危ないですよ」


「ワシの腕は―――」


「あ、ええと、その」


言い淀んでいると、部屋の入口が開く。


「肘から下が原型を留めていなかったので、感覚遮断処置を取っている。生体パーツへの換装は負担が大きいのであまりお勧めはしない」


「そうか……」


「義体化をするのであれば、比較的低いリスクで対応可能だ。定期的なメンテナンスは必要になるが、メンテナンス費用も開発費も全て課で負担する」


「どうしてそこまで」


「爆発の始点との位置関係から、貴方が何かを守るために身を挺した事ぐらいは分かる。人であれ、モノであれ、その行いを評すべきだと私が思うからだ」


思い出すのは青年の顔。


「アレは、どこで間違えたんだろうなぁ」


怯えて、焦って、まるで迷子のような。


「ワシは、何も出来なかったのか……?」


その自問への答えは無い。


「これに見覚えは?」


【Pr*y For P*ay】と書かれた紙の写真を見せる。


「古い歌のフレーズだな……。確か歌い出しは、pray for play―――」
口ずさむ。


「続きは忘れてしまったよ」


「情報提供感謝する」


「義体の話は、有難く受けさせてもらいたい。だが今は、少し休みたい」


「無理をさせてすまなかったな。ゆっくり休んでくれ」



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[プラント区域] AM 2:00


「はっ、はっ、はっ、はっ……!」


闇の中を走る影が一つ。
ダクトを通り、角を曲がり、道を渡り、段差を飛び越えて。
逃げろ、逃げろ、逃げろ。
肉体は休息を求めるが、脳は逃げ続けろと激しく警鐘を鳴らし続ける。
止まりかけた膝をもう一度上げようとした時だった。


「もうよろしいですか?」


先ほどからずっとそこにいたと錯覚してしまう程に。
夜の闇に紛れて、目の前を黒猫が横切った。
微かな月明かりが一瞬だけシルエットを浮かび上がらせる。
子供と見間違えそうな外見でありながら、それが何より恐ろしいモノであると本能で確信する。


「私、環境課所属のNo.966と申します。覚えて頂かなくて結構ですよ」


目の前にいたはずの姿は無く、何故か耳元で呟くような小さな声。
首筋にちくりと何かが触れた刹那、崩れ落ちる体と喪失していく意識。
音も無く揺れる尻尾が、別れの手を振っている様に見えた。



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[???] ??:??


「ご苦労だったな」


「とんでもありません」


「後はこちらで引き継ごう」


「はい。課長もご無理はなさらずに」


扉が閉まったのを確認し、さて、と向き直る。
椅子に座っているのはいつか見た青年であった。


「起きろ」


びくりと体を震わせて、青年の目が開かれる。


「一つだけ質問をする。素直に答えれば、お前の刑期は短く出来る」


「……何が聞きたい」


「お前たちの目的は何だ?」


「俺たちは、音楽への希望を取り戻したいだけだ」


拍子抜けしたと言わんばかりの表情で。


「それだけか?」


「それだけ?それだけだと!?」


拘束された体を揺さぶって感情を露にする。


「電脳オーディオで得られるデータ情報なんかじゃない、体を、魂を揺さぶってこそ本物の音楽だ!歪みもミスもない、なぞるだけの完璧なモノが持て囃されるなんて間違っている!だから俺たちは―――」


矢継ぎ早に放たれる言葉を手を翳して遮る。


「まず、音楽への希望を取り戻したいという主張についてはある部分でのみ賛成しよう。それは今の音楽に対して希望を持てていないという前提であればだが」


驚愕。


「意外そうな顔だな。否定されると思っていたか?」


頷く。


「一つの事象に対して求めているものが異なれば、主義主張も異なるのは当然だろう。完璧故に受け入れられないという感覚を理解は出来る。不完全だからこそ素晴らしいという考え方も理解はできる」


だが、と前置いて。


「その主張に、今のお前たちの行為は必要なのか?」


目的に対しての行動が釣り合わない。


「爆破事件など起こして、一体何の意味がある?」


今ようやくその事実に気付いたかの様に、口をぱくぱくと開閉しながら。


「もう一度聞こう」


何も答えられない。
何も分からない。


「お前たちの目的は何だ?」


目的は何だったか。
何を為すべきだと信じていたのか。
何故それすらを忘れていたのか。
何故、何故と自分に問いかけたとしても答えなど無く。


「ごめんなさい、ごめんなさい―――」


体を震わせながら、涙を零しながら。
ただ謝罪の言葉を繰り返すしか出来なかった。



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[食堂] PM 0:05


その日はいつもより五分遅れて放送が始まったが、誰一人それを気にしていなかった。


≪これを聞いている人はいるだろうか?≫


聞きなれない声、聞きなれない言葉。


≪これが届いている場所はあるだろうか?≫


区域内の案内スピーカーから、会社の館内放送から、あらゆる有線放送媒体からそれは聞こえてきた。


「やってくれたな……!」


ここまでの襲撃は全て布石。
警戒のほとんどが【電脳】に向いていた為、それ以外への意識が薄まっていた事を認めざるを得ない。


≪システムに捕らわれた哀れなヒトよ。縋るべきものを持たぬ愚かなヒトよ≫


情報係へと通話を繋ぐ。


「ボーパル!発信元の探知を急げ!」


『言われなくてもやってますッて!ただ物理デバイスが相手だからあと数秒!』


≪私たちは救いを得た。縋るべき神へと続く真なる光を≫


『探知完了!マップデータ更新!』


「付近の課員は指定ポイントへ急行しろ!」


≪血を流し、涙を流し、そして救いに至る道なればこそ≫


ノイズ交じりに紡がれる言葉は音質の悪い音楽の様で。


≪Prey For Play (汝ら、再生への贄とならん)≫



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Cp.5  【Transistor Cult】


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