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小説『これが僕のやり方』ーー③ 壊せ。

 暗い部屋、スタンドが照らす机。僕の部屋。

 机の上にはスプーンとフォークが散乱している。持ち手は持ちにくく、そのためすくいにくく刺しにくくなった道具。もはや道具としての価値もない。
 フローリングの隙間や、カーペットには銀の粒が散乱し、スタンドから届くわずかな光も反射している。
 あれから5ヶ月が経っていた。


 ーー5ヶ月前。
 あの日から欠かさず出そうとはしているのだが、変わったのは傷口が塞がったくらい。ただ、傷がなくなっても何かが出ている感じはしている。 

 ネットを見ていると気になる情報が手に入った。普段、脳や筋肉は全体の2~30パーセントくらいしか使われていないらしい。
 僕が限られた割合の中で生み出せるエネルギー量があの量だとするなら、人間のリミッターを外して4割・5割・それ以上の力を引き出すことができればエネルギー波が生み出せる量もそれに比例するはず。
 居間に置かれたパソコンに向かい合って僕はひとりで興奮していた。

 でもリミッターなんて簡単に外れない。いわゆる火事場の馬鹿力と呼ばれるのがリミッターが外れた状態だ。自分をそこまで追い込むことができるとは思えないし、火事場でしかエネルギー波が出せないなら意味がない。僕は思い通りにエネルギー波を出したい。それは人間離れした人間。つまり超能力者のような状態。超能力者といえば、

「スプーン?」

 テレビで何度か見たことがある。スプーンやフォークをいとも簡単に曲げてしまう映像。もう見慣れてしまって驚くことはまずないけど自分にはできない。

 そもそもスプーンが曲がるというのは、スプーンがやわらかいか、スプーンをやわらかいと思うほど強い力が働くかだ。僕にはスプーンをやわらかくするなんてそれこそ超能力に思えた。
 しかし後者はリミッターを外した状態ならば起こりうることだと思えた。実際に調べてみるとテコとかで簡単に曲げられる方法がいくつか見つかったけど、そういう科学的なことではなく、新たな扉を開くための方法が僕には必要だ。

 僕はお年玉で大量のスプーンとフォークを買った。両親に見られると悲しませることになるので内緒で。

 僕はエネルギー波を出すためにかなりイメージした。つまりある意味異常な想像をすることで常識的な想像を超えることができた。たぶん僕たちは子宮の中で生命になったときから常識が刷り込まれる。遺伝子レベルで。
 僕たちにリミッターがなかったら、母のお腹を蹴破ってエイリアンのように誕生してしまう可能性がある。でもなんでリミッターなんてあるのか。

 僕はスプーンが曲がるところをイメージしない。僕がスプーンを曲げるところをイメージする。僕はイメージをする前に必ず右手で指を鳴らすことにした。これはスイッチの代わりだ。いわゆるルーティーン。

 スプーンは硬いという概念が僕の14年間でしっかり刷り込まれていてなかなかスプーンは曲がらない。スプーンだけでなく力とモノの概念を変えなければならない。自己暗示、一種の催眠。

 3ヶ月と24日経ったとき、スプーンに違和感を覚える。質感が変わっている。そのせいか重さも変わってるようだ。勘違いかと思ったが、学校に行くときも寝るときも常にポケットの中で触っていたため確信できた。
 その日の夜だった。

 僕は砂漠にいる。砂漠の中には家が建っている。子どもが絵に描きそうな一戸建て。ドアノブを回そうと手をかけるがノブは取れてしまい、砂になって手からほどけて落ちた。1枚の板になったドアは、手で押すとそのまま前に倒れて砂塵になる。玄関。その先には廊下だけが一本伸びている。靴を脱ごうとするが靴は靴の中で足とこすれた箇所から砂になって靴は破れる。僕は服を脱ごうとする。ロングTシャツの袖に手をかけたが手をかけた袖がちぎれて砂になる。コンクリートの壁に指を立てる。指先が第一関節くらいまで埋まる。そのまま廊下を歩いていく。指は壁に滑り込むように入っていき指と指の間からさらさらと冷えた砂流がこぼれていく。気持ちいい。歩くほど手は埋まり肘まで埋まる。コンクリートから腕を抜く。廊下の先には部屋がある。テーブルがひとつ。白いつるつるした壁の部屋。テーブルの上にはスプーンがある。僕は親指と人差し指でそれをつまんで目線の高さまで持ち上げる。重くない空気のようなスプーン。僕は笑い出す。ちがった。そうだったんだ。なんだよもう。

 僕は目を覚まして、立ち上がる。右手の指を鳴らす。左手で机の上のスプーンに触れる。もうちがう。
 僕はそのスプーンをフローリングに落とした。スプーンは割れた。破片が床に飛び散った。

 飛び散ったのは、銀色の砂だった。

 これはエネルギー波が出てから4ヶ月経ったときのことだった。

つづく

小説『これが僕のやり方』ーー①コンパスが刺す方へ

小説『これが僕のやり方』ーー②革命はいびきの中で

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