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月響(げっきょう)15



ナリタ君が第一志望の大学に合格を決め、しかも私大ではかなりの難関で
現役合格はむづかしいとされている学科だったので、新潟のおじいさんは
とても喜んだらしい。

一方で舞子ちゃんは三学期に入ってから不登校になっていたそうで、
ナリタ君のお祝いと舞子ちゃんの気分転換を兼ねてナリタ一家の里帰りは
計画された。

私は舞子ちゃんが不登校になってたのを知らなかったから、それを聞いて
胸がキッと痛んだ。

ナリタ君やお父さんお母さんも心配だったのだろう、それで春休みを待たずに新潟に行くことになったそうだ。



ミサキはその前日にナリタ君と会っていて、このジョナサンで三時間ほど
過ごしたそうだ。

「ほら、あそこの席」

と、ミサキは二つ向こうの席を指差した。

とにかくそれを最後にあの事故は起こって、モリモから連絡を受けてアタマが真っ白になったミサキは、なぜか小金井にあるおばあちゃんチに自転車を走らせ仏壇のおじいちゃんに

「最後にナリちゃんに会わせて下さい」

と何度も頼みこみ、おばあちゃんのデカパイに顔をうずめて小一時間大泣きした後おばあちゃんの特製そばがきを食べてまた泣きながらチャリを
かっこいで帰って来て、モリモに一緒に新潟行って下さいとお願いの電話をかけると心よく応じてくれたモリモとともに翌朝の八時〇五分発の
新幹線『とき』に乗って新潟へ向かった。

新潟駅で普通電車に乗り換えたところでやっと私のコトを思い出して
メールをくれたらしい。

「隣の席のオジサンが朝日新聞読んでたの」

朝日→朝日奈、ナルホド。

そして村上駅で降りると迎えに来てくれたナリタ君の従兄の進さんの車で
ナリタ君のおじいさんの家へと向かった。

稔田家は何百年も続くでっかい農家だった。

母屋の前には車が列をなしていて、すでに沢山の親せきが集まっていた。

家の中へと案内されると座敷の大きな仏壇の前で十人くらいが輪になって
おじいさんを囲んでいて、おじいさんはというと人目もはばからず
オウオウと声を上げて泣いていた。

ミサキとモリモは歓迎されたものの、居場所のない気味の二人は近くの
川原で時間の過ぎてゆくのを待ちながらぼんやりしてたらしい。

ナリタ一家の遺体は、その日のうちには帰ってこないとのことだった。


翌日学校で進路の決まらない生徒の進路指導があるとかでモリモは、少し落ち着きを取り戻したおじいさんに挨拶し、ミサキに
「心残り残すんじゃないよ」
と云い残すとその日のうちに東京に帰ってしまった。

モリモが事情を話しておいてくれたので、ミサキはおじいさんの家の隣にある進さんの家に泊めさせてもらうことになった。

進さんのお父さんはナリタ君のお父さんのお兄さんでその落胆ぶりは
けっこう酷くて、トイレに閉じこもってそのまま翌朝まで出て来なかったので皆トイレが使えなくておじいさんの家までトイレを借りに行ったり
大変だったらしい。



翌日の夜、四人の遺体がおじいさんの家にやっと帰って来たけれど追突の
勢いで車外に放り出され頭を打って亡くなった舞子ちゃん以外の三人は
遺体の損傷がはげしくて、特にナリタ君は体の右か左のどっちか半分が
黒コゲになるほど焼けていたそうでミサキも誰も遺体を見ることは
許されなかった。



そこまで話すとミサキは、鼻をスンッとすすった。

でも涙はこぼれなかった。

「炭化してたんだって誰かが云うの。
 私ね、そう聞いて広島や長崎のゲンバクの写真に写ってる死体しか
 思い浮かばなくて苦しかった……。
 ナリちゃんにどうしても最後に話がしたいですって頼んだけど、
 おじいさんが泣きながらごめんねそれは出来ないんだよって
 何度もごめんねって謝られちゃってやっとあきらめたの。
 だから、お棺見ただけ。
 でもお骨拾えたからサ。
 それが出来て良かった。
 ナリちゃんの骨、こっそりもらって来ちゃおうかとか考えたんだけど
 やめたりして。
 ミツミもお葬式出たかったかな。
 むこうのお葬式ってこっちで見たこともないくらい盛大で
 驚いちゃったよ。
 初めは四人いっぺんにするからかなーって思ってたんだけど
 違うんだって。
 フツーにお坊さん六人くらい居てビックリした」

と話すと、泣いてる私に「あーん」とか云って白玉を食べさす。

「何かききたいコトある?」

ときいてくるけど、尋ねたい事柄は思い浮かばなかった。

ナリタ君が黒コゲになっちゃったっていう事実を吞み込むだけで
今は精一杯。

白玉十五個くらいを口の中、いっぺんに突ッ込まれたみたいで
かなり苦しい。

あまりに苦しくてムセル。

ミサキが優しい目をして私を見てる。

首をちょっとかしげて、

「ありがとーミツミ。
 ナリちゃん喜んでる、ミツミが悲しんでくれて。
 大丈夫?アザの話、どうする?」

ときくので私は、

「あのサ、少し、そうだ、何か食べたいな。
 ミートソースでも食べようかな」

とか云いながら、黒コゲのナリタ君の想像不可能なイメージのかけらで
できた穴だらけのジグソーパズルを両手でグシャアとくずしながら
まだちょっとだけ泣く。



メニューを開いてみるけどミートソースが載っていないので、
仕方なくシーフードトマトスパゲティというヤツを注文して
「私も食べるー」と云うミサキと半分コで食べ終わりオレンジジュースを
飲み干すと、今度はミサキの顔面に鎮座する青タン様の話が始まった。



次葉へ

 


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