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喜ぶ顔をみたいから

母は人の事ばかりしている。

むかしから自分のことは後回しで、父のフォローや子供たちの世話、家事を何より優先順位1番にしていた。

自分が友達と出かけることよりも、
自分の洋服を買うことよりも、
自分の好きなご飯を食べるよりも、
すべて周りの人や用事を優先する日々。

人に何かやってあげたいお世話好き体質であることは事実だけれど、そこに楽しみはあったのだろうか。

そして聞いたことがある
母は言った
「そうねぇ、お母さんの幸せはみんなが健康で幸せでいることよ」

母親らしい母の立派すぎる解答が返ってきた。

自分の役割を理解してそこに務める。

母親という家族を守る役割、家庭を作っていく役割、家の中の世界を気遣っていく役割。

母は外の世界へ自己表現したいタイプではなかったのでなおさら
“自分の仕事”をコツコツやってきた、ということだ。

そしてその中で小さな発見や喜びや楽しさを見つけて生きてきたのだと思う。

今も人の心配や孫の世話、たまに帰るとあれもこれもしてくれる。
うちの母に限らず世の中の母親はそういう性質をもつ人が多いのだろう。

母性本能という言葉でくくりたくない。やってあげたいと思い、やってあげてしまう性質。

今、それが少しずつ分かり始めた。
楽しさや喜びは何なのか。

人は少なからずだれかの役に立つことをして生きている。

何かの為になることをする、している、したときの充実感や存在意義や嬉しさ。
母親ほどではないけれど、役に立つという事が生きる意味につながる。

私も喜ぶ顔を見るためにやっている事が沢山あるから。

してあげたいと思う気持ち、使命感、ある意味個人のエゴの部分、
それは
嬉しいや楽しい、達成感なんだ。

そこに母の生き方がみえる。
喜んでいる顔を見ること、それが楽しみでもあるから。

人のことも考える生き方は素晴らしい。そういう心の余裕を持って過ごしたい。

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