田中宗一郎さんとみのミュージックさんの対談

 御二方の対談を見たので感想文。素人目なのであしからず。
前編

後編


邂逅

 コトの経緯は田中宗一郎さんことタナソーさんが宇野維正さんとのラジオでみのさんを名指しで揶揄するように語るところからこの話は始まる。それに対してみのさんは動画で反応し、言い返す。恐縮ですが私は田中さんと宇野さんの事を知りませんでした。そのあと、それとは別の読んだ本を紹介する動画でみのさんはタナソーさんと宇野さんの共著も挙げていた。配慮、というかリスペクトしてますよ、という意思表示に見える。きっちりしてる人だなと思う。
 そんなこんな対談が実現した。一年ぐらい隔てたか。タナソーさんは割りと友好的だった。その態度は動画を見終わった後、納得のいく理由があった。言ってしまえばそれが彼のスタンスだ。「それがスタンスだ」なんていきなり言われても話が見えないだろうから順を追って思った事を述べていく。以下敬称略で失礼します

対談前の印象

 対談前のタナソーの印象はみのの動画で紹介されていた「助けて」評論文のせいで「自分自身がアーティストに寄って(酔って)しまった人」といったところだった。なので評論として「どやねん」と思っていた。まあ、バイアスかかってますね。ちなみに動画を見終わっても、その評論文に対する「どやねん」という感想はそんなに変わっていない。それに関しての説明はあったが、それはあくまでもタナソーという人間を理解する為には役立つものだった。
 「助けて」だけ切り取ってなんか言うのもなんかフェアではないのでこのくらいにしよう。彼の評論に対して何か言いたいのならそれ以外も読まないと失礼に当たる。既にちょっと失礼してしまっている。すんません。以上が対談を見る前のざっくりした印象。話を聞いてからは彼に対する印象は好転しましたけどね。
 みのは積極的にマイルストーンを置いて評論をする努力をしているように感じる。ジャンルやシーンを可視化しようとしたり、その音楽の位置付けをしようとする。リアルタイムで音楽史を編纂しようとしてんのか、という具合に。それは邦楽史が上手くまとめられていない事に対する葛藤が彼を評論の道へ歩ませたからじゃないだろうか。あまり好き勝手思うがままいい加減に語るようなタイプではなさそう。前々から音楽に対する誠実さは凄いと思っている。ちょっと完璧主義なところもあるような。それが今回、スタンスの違いとして明確に出る。誤解を恐れず、めちゃくちゃ荒いくくり方で言うと“硬派みの”と“軟派タナソー”だ。別にどちらがいいという話ではない。

教祖化への懸念

 対談の序盤にタナソーは「みの対タナソー」という構図に取り巻かれる人々や状況に触れる。このときのタナソーの気持ちはちょっとわかる。それは、どちらもが教祖化してしまい敵対してしまう状況に対する憂いだ。教祖が批判されると、信者は相手の教団を批判し、され、し、され、し、という状況。取り巻きの規模が大きいと歯止めがかからなくなり、過激になりやすい。盲信が生む攻撃性は匿名性との相乗効果もあり激しくなる。批判のやり方は健全な論争の一線を越えうる。話の流れ的に原理主義という言葉が浮かんできそうだ。話の規模を大きくし過ぎたか。
 だからこそ、理性的に相手の言葉を解釈し、必要以上の熱は捨てる努力が要る。しかし、好意的に見ている人が悪く言われると熱くなってしまうのは万人共通だろう。それを乗り越えるのは頭で分かっていても簡単でない。自戒。
 タナソーからグラデーションという言葉が出てきたのは、白か黒で判断してしまうものの見方の荒さへ警鐘を鳴らす為だ。ロシアとウクライナの戦争にも軽く触れる。規模は違えど人と人が対立していく構造への危機感があるのだろう。だからこそタナソー自身が喧嘩腰ではスタンスがブレるのだ。
 タナソーが教祖化、対立に危機感を持つようになったのは彼自身の権威化に関係する。実際に権威なのだから仕方がないんだろうけど、周りの人間が従順になっていったのだろう。「俺の言ってることを信じるな」(※正確じゃなかったらすみません)とまで言っていた。

評論家の権威

 作品の解釈は聴き手がするべきだ。それも主体性を持って。しかし、評論の権威がいるとどうも鵜呑みにして、自分自身の審美眼を活用することをしない人が出てくる。審美眼は曇る。これが教祖と盲信を生む事となる。タナソーからすれば、自分の評論によって自由な解釈や議論が阻害されるのは彼の望むところではない。なかなかのジレンマ。
 私はみのの動画の企画である「賛否両論」という視聴者の質問に答える動画を見るときは、質問が出た時点で動画を一時停止して、自分なりの意見を固めてからみのの意見を聞く。その方が自分の審美眼を活用できるし、何より意見が合ったり合わなかったりする面白さがある。好きな企画だ。こういう場面で、鵜呑みにする人が増える状況を危惧しているのがタナソーなのだろう。実際どれくらい鵜呑みにしてるかどうかは知らんけど。
 ただ、評論家全体に言える事だが、基本的に彼らの方が音楽やそれに関わるアートについて詳しい。色んな創作に関連付けて語られると説得力がある。敵わないなと思い、話を聞く側は聞くことにだけ頭を使ってしまう。自分より詳しい人を前にしても自分の審美眼を信じ、意見を持つのは難しい。実際、詳しい人の話を聞いていて気付かされる点も多い。なのでそれ自体否定はできない。これはみのの動画のみならず、ありとあらゆる有識者の意見に取り巻く現象だ。
 タナソーは比較的、評論家に対して従順な人が多いと感じている。みのは恐らくそこまでとは思っていない。各々で考えがあるだろうと思ってる、と思う。それは立場的に見え方が違うから受ける印象が違うのだろう。みのは自分を権威だと思っていない、という点も見え方の違いかもしれない。まあ、みのさんの年齢で「俺は権威だ」なんてあまり言わないでしょうけど。

スタンス比較

 タナソーは物腰柔らかな食えないおじさんといった感じだった。スタンスとしては評論家というよりはやっぱりアーティスト寄りだった。あくまでも俺の主観からイメージする評論家を軸に考えてですが。「あんな人評論家じゃねえ」と言いたい訳じゃないです。アーティストは作品を出し、それを聴いた人々が各々の解釈をする。タナソーは評論文をも各々が解釈すれば良いと思っているんじゃないだろうか。
 誰が言ってたか忘れたが(河出のマイルス没後十年のムック本に容疑者は絞られる)「作品そのものより、その作品の評論に魅力を感じる」といった文を目にしたことがある(平岡正明さんだったかなあ)。この文に触れていなかったらタナソーの言っていることは全く分からなかっただろう。評論文を作品と捉えるのだ。まあ文章はその人の要素がわりと介入するのでそうともとれるか。そういうスタンスを先程軟派と称したわけですね。荒いくくり方ですが、何とか違いを際立たせたかったということで了承していただければなと思う。
 みののスタンスとは違うから衝突が起こる。みのはあくまでも評論はそこに何らかのはっきりした見解を表明することが重要としていて、教科書に刻み込むが如くの普遍性を求めているように見えた。動画内、途中まで「断言」と表現していたがしっくりはこなかったようだ。でも何となく言いたいことはわかる。

ジャップロックサンプラーでの対立

 みのは根拠を非常に重視する。まあ、普通に根拠は重要なんだけど。ジュリアン・コープの著書、「ジャップロックサンプラー」の名前が出たとき、二人は真逆の反応をする。そこで集められた情報に対する重視する具合の差がでてくる。
 残念ながら「ジャップロックサンプラー」を私は読んだことがないのだけど、お二方の語り口からは「事実誤認甚だしいが独自の視点の評論」なのが伝わってくる(間違ってたらすみません)。みのは事実誤認の罪を大きく見て、好意的な評価を与えない。評価は「クソ」だ。タナソーは独自の視点であることを高く評価しているので好意的。
 ここで邦楽史を編纂しようとするみのと、各々が自由な解釈とそれを論じる場を求めるタナソーのスタンスの違いがわかりやすい場面に見える。というかベクトルが違うような。もちろん、片方がもう片方の考え方を軽んじているわけではない。一瞬歩み寄るシーンがあったのがそうだからだ。これもグラデーション。タナソーは「ジャップロックサンプラー」の足らぬ部分は、誰かが協力して改訂すればいいと考える。骨格はあるんだからみんなで肉付けしようという感覚。
 この流れで正史、偽史の話が対談の中にあった。精度の高い情報も別の見方をすれば違うように見える。例えばコロンブスのアメリカ大陸発見もネイティブアメリカンからすれば正しくはない。みのは邦楽史を万人が納得のいくものにしたいと語った。コロンブスの大陸発見は西洋側の主観からその捉え方をするのは間違っていないし、西洋において万人が納得するものだ。万人が納得する邦楽史も角度によっては違うように感じる視点があるかもしれない。極端な例えかもしれんけど。
 「当時の評論家はそう捉えていた」という事実を残すと、後年の価値観と合っていれば「先見の明があった」とちやほやされるかもしれないし、合わなかったら「見る目がなかった」などと言われる。だが、後の時代の人からすればどちらにせよ面白い資料だ。それに作風が受け入れられるまでの歴史というものだってあるし、そういった類の歴史の中には当時の評論家の否定的な意見は役割を果たすだろう。「当時は受け入れられていなかった」という証拠になるからだ。マイルストーンを置く意義はここにある。
 ただ、それにしてもみのからすればジュリアン・コープの仕事はリスペクトがないものに見えたようだ。上記の「当時の評論家は~」以前の問題なのだろう。いくら誰かが踏み込むことが重要であれ、精度がなさ過ぎると混乱を招くという事もありえる。
 しかし、最初から完璧なものを作るのは難しい。正史と偽史の話も、邦楽史通史を目標とするみのへの気遣いにも聞こえる。みののジュリアン・コープの仕事ぶりに対する不満が自身に跳ね返ってくる可能性も否定できない。繰り返すが、万人が納得する邦楽史があったとしても角度によっては違うように感じるかもしれない。「ジャップロックサンプラー」ほどの角度にはならなくとも。いや、読んだことないので想像ですが。

共感、共有時代のユートピア

 今では音楽や映画は年代など関係なく簡単に触れる事ができる時代になった。共有したい人もいれば、通ぶりたい人だっているし、共有しながら通ぶりたい人もいる。話題作だからと人は集まる。凄まじい興行収入になる。どこに行ってもコンビニ、デパート、チェーン店。便利だが平均化されている。
 話題作、名作も同じく、通を名乗る為のアイテムとなり、消費されるように鑑賞されているのかもしれない。作品を知識としてコレクションしたい。高速化が自身の審美眼を用いる時間をなくしてしまうのかもしれない。高速化で評論家の言っている事は間髪入れず鵜呑みにされるかもしれない。ファスト映画なんてものもあった。しかし、解釈なき鑑賞になんの面白味があるのだろうか。と、投石。
 余計な物も混じったが言いたかったのは共有、共感が強い時代なんじゃないかと言うこと。だからこそ、自分と違う意見を持つ人に対する耐性が低く、平和的に意見をぶつけ合うことに慣れていない。意見が違えば敵視してしまう。意見をぶつければ脆く耐性のない平和は崩れる。
 しかし、意見が対立しているのであって人まで対立する必要はない。それに気付けば安易な人格否定などはしないだろう。タナソーが言っていた評論家が提供する場、みのがユートピア的な事か、と思ったそれは暗黙の了解のある議論の場だ。
 「敵対的な人はいつの時代でもいるだろ」「今の時代の方が理性的ではないか」と言われたら「まあ、そうか」と言ってしまいそうだ。しかし、この考えがよぎった理由を以下に書く。

寛容な時代?

 父親が昔に買った八〇年代初頭の古雑誌がいくつか家に残っていた。厳密には俺が捨てずに残したんだけど。そこにはたまたま、山下達郎のインタビューとそれとは別に坂本龍一のインタビューが掲載されていた。
 二人とも結構好き勝手に言っている。今のアーティストが言ったら軽く炎上しそうな内容だ。言われた側のファンは教祖を悪く言ったと怒るだろう。実際その発言に対する当時のリアクションは知らない。そこまでは雑誌には書いているはずもない。でも、二人のインタビューからは、そういった表現に対する寛容な時代の空気を感じた。これが暗黙の了解のある議論の場なのかもしれない。
 まあ、今はちょっとした事でも拡散されやすい状況であり、そこまで興味のない人にまで届いてしまうというのが炎上しやすさの理由なんだろうけど。興味無いけど燃やしたい人はいるでしょうし。テクノロジー的な背景が理由で人は大して変わってなかったりとかもあるからあまり美化もしてられないか。どうやら俺は断言とは程遠い性分だ。

歯切れ悪いですが結論

 話戻って、みのとタナソーだが、結論的にはどちらも正しさがあると思った。対談が平和的に終えたのも互いの違いを御二方が受け入れたからじゃないかな。タナソーの「意見の違いを受け入れ、各々の審美眼で得たものを赤裸々に論じる場」みのの「邦楽の歴史をリニアに繋ぎ、シーンを捉える為の視点」、どちらも必要だと思いませんか。その必要が彼らのスタンスの違いに繋がるわけだ。評論の受け皿は思いの外大きい。

感想の感想

 俺自身は、評論という行為の捉え方はみのさん寄りだった。しかし、思想はタナソーさん寄りだと思う。思想と言うべきかイデオロギーと言うべきか分からんが。
 「助けて」の評論に「ちゃんと評論せえ!」とか思いつつ、タナソーさんが目標を聞かれて「世界平和」とか言い出したとき、「ちょっとわかる」と思ってしまうあたりがタナソーさん寄りだ。多分「世界平和」という回答に対して「ハァ?」と思った方もいるだろうけど。一線を越えないというモラルの感覚を皆が備えると、色々な物事を平和的に進める事が出来るんじゃないでしょうか。彼はそういう世界を夢見ているのだと思う。

追記 2023/03/23

 先日、栗原裕一郎さんと大谷能生さんの共著「ニッポンの音楽批評 150年100冊」を読んだ。この本の中に批評の衰退に関する話があり、栗原さんは「批評はもうアーカイヴィング作業みたいな方向しか命脈がないかもね」と言っている。
 もしそれが今後の批評の残された道だと言うのならば、みのさんのやろうとしている事は時代に適した批評の形だと言える。以前の批評が部分的に不要とされているという話だから新しい事をやる訳では無いのだけど。
 そもそも事の発端となった話題は「批評って必要?」という話題だった。歯に衣着せぬ言い方をすれば今後も必要な類の批評とそうでない批評が彼らのスタンスの違いであり、未来の見え方の違いだったのかもしれない。


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