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デカスロンの演出家

(追記:最後まで無料で読めるようにしました。)
混成の日本選手権に行ってきた。「ただの長距離オタクのお前に混成の何がわかる」と言われても「すみません」としか言えないのだけれども、見届けておきたかったからだ。世界陸上ドーハ10種競技の最終種目1500mが終わり、選手たちはウィニングランへと向かう。7種や10種競技はすべての選手が一緒になって歩く。なぜなら、最終種目までたどりついた選手はすべてが勝者であるからだ。トラックの外周を一緒に歩きながら観ていると右代啓祐選手が選手の輪からはなれてスタスタとこちらに向かってやってきてこう言った。

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「これからもいろいろとよろしくおねがいします」と。いろいろと。の中には、自身のことだけでなく、10種競技そのものも含まれている。と勝手に解釈して長野に向かうことにした。そうやって、見届けたい選手や競技が年々増えつづけて行ってるような気がする。PCの画面にダウンロード中にタスクが山程表示されているような状態だ。なかにはずっと一時停止状態のものや、ある日を境にグンと進むようなものもある。2019年10月4日。心のPC画面には右代啓祐と10種競技という2つのダウンロードタスクが増えたのだ。

混成競技の日本選手権は長野市営陸上競技場で行われる。ここは長野マラソンのスタート地点。陸連登録をしてエントリーすると、この競技所でアップをすることができる。長野マラソンを走ることがライフワークのひとつであった時期があるので、通いなれた場所だけれども、ここで陸上を観るのは始めてのことだ。

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無観客開催となった会場では、種目の度に右代選手の大きな声が響き渡った。他の選手たちも「行きまーす」と声を出すのだが、右代選手のそれは他と違う。「さあ、ここだ。ここだぞ!」試合全体の勘所みたいなものを、声で表現するのだ。よいパフォーマンスをした選手にも声をかけ、勝負所の選手にも激をいれ、「いま、ここに注目してください。」というフィールドでの演出家みたいなところがあるのだ。自分のことだけでなく、他人まで全体見渡しながら競技をしている。そんな姿がみてとれる。ライブ配信に「右代音声」があれば、競技の魅力はさらに伝わるものとなったはず。カメラだけでなく、ガンマイクをもった音声さんをひとり配置すれば低予算でもできなくはない。ぜひ、ご検討ください。

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サムネイルの写真は1500mを走り終えた右代選手の姿。すがすがしい笑顔のように見えるけど、「負けても笑顔右代選手」という写真では実はない。

今年の日本選手権混成は、豪雨が降ったり、強風や向かい風が吹いたり、気温が下がったり上がったりとコンディションがころころかわる難しい環境の中おこなわれた。優勝争いはベテランならではの経験や修正能力をもつ中村明彦選手と右代祐介選手にしぼられていった。4m90を飛ぶ二人はもはやショーのようであった。

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これまでの集計から1500mを得意とする中村選手が右代選手に20秒差をつければ優勝というのはわかっている。ちなみに10種競技における中村選手の1500mは世界大会でもトップを走るほど。最終種目まで体力を温存する選手がほとんどの中、この二人の選手だけは、念入りにアップを続けた。突き放したい中村と差を広げたくない右代。

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誰も近づけないような「覇気」を漂わせながら。

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決着はついた。

右代選手はレース後、こんなツイートをした。

本当に負けることに慣れていなかったのだろう。右代選手はシューズを脱ぎ、すっとグラウンドから離れた。

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いままで勝ち続けてきたがゆえに、混成競技恒例の全員での記念撮影に望んでいいのか、気持ちが整理できなかったのだろう。真っ暗な競技場の影で思いっきり泣いたあと、すっきりとした顔で現れたのが、サムネイルの写真。恒例の集合写真を撮り終えたものの、絶対王者が破れ、戸惑っている空気を打ち消すように右代選手はこういった。「明彦を祝福してくださいよ!」と中村選手の腕をとり、たかだかともち上げた。

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競技中だけでなく、最後まで右代選手は演出家でありつづけたのだ。


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