【寄稿】「祈る男」横田真人

勝負の世界において、速い選手も強い選手も、その時代に必ず存在する。
しかし、人の心を動かすことのできるアスリートは限られている。
彼は間違いなく、結果以上に人の心を動かすことのできる
数少ない陸上選手の1人だった。
だから、彼がユニフォームを脱ぐことを発表した時、
多くの陸上関係者、ファンが惜しんだのである。

走る姿がなんか気になる選手

 彼とは、3ヵ月に1回くらい食事に行く間柄だ。目的主義の僕にとって、何の目的もなく食事に行く友人は、陸上界ではほとんどいない。彼と話しても、特に何か得られるものが多いかと言われれば別にそうでもないし、何か同じものを共有してるわけでもない。それでも会うのだから、とりあえずスペシャルな存在なんだろう。

 しかし、頻繁に会う割には、競技者としての彼の深い部分を正直よく知らない。ファンの人のほうがアスリートの彼をよく知っているのかもしれない。何となく想像がつくのは、きっと生真面目で、決めたことをコツコツとやり続けるタイプのアスリートだということだ。


 プライベートでもそんな感じだ。僕に会う前も、念入りなウォーミングアップを欠かさない。0次会でビールを数杯飲んでテンションを高め、5分前には約束の時間に現れる。アップでしっかり走り込んで汗をかき、コールルームには早めに到着。念入りな準備こそ相手への敬意だと言わんばかりの競技(飲み会)姿勢である。

 一緒に走ったことはないのでレース中の彼を近くで感じたことはないが、小さな身体からは想像もつかないような躍動感で突き進む姿は、僕の目にも焼きついている。つらくなったところで、もうひと踏ん張りを何度も繰り返す。僕なら一緒に走りたくない。飲んでる時もそんな感じだ。周回(ビール)を重ねるに連れ、声がデカくなり、存在感を出してくる。話の中身よりも声のデカさが気になるレベルだ。タイムや順位よりも走る姿がなんか気になる。そんな感じだ。


 彼はタスキを受け渡す前も、チームメイトへの労いを忘れない、気遣いの男である。私生活でも同じだ。毎年、誕生日プレゼントをくれる。僕が彼にプレゼントを返した記憶はない。というか彼の誕生日を知らない。食事会の後には記念撮影は欠かさず、それを瞬時に共有する女子力の高さも見せつける、気遣いの男だ。彼の一貫した競技姿勢と私生活姿勢(?)が年齢・性別を問わず多くのアスリートが彼を慕い、多くのファンを魅了する理由なのだろう。

「彼が、彼であること」の理由

 常に多くのファンを魅了する一方で、晩年の彼は苦しんでいた。マラソンに移行する過程で、大きなケガもあった。彼が望むような結果を残せなかった。しかし、結果よりも、「彼が、彼であること」の理由が彼自身を苦しめているように僕には見えた。チームの〝魂〟と称され、彼の「あるべき姿」を知らず知らずのうちに誰もが彼に求め、また彼自身もそれを捨てきれなかったのではないだろうか。

 日本の陸上界を支える駅伝というスポーツは、自己犠牲のスポーツだと思っている。チームにおいて、創造性よりも規律、自由よりも調和が求められる。日本人が好む価値観だ。そして、彼もこの価値観を象徴するようなランナーであった。

 駅伝とトラック、駅伝とマラソンの両立が難しいのは、求められる価値観が微妙に異なるからではないだろうかと、常々思っている。個人競技で輝くには、規律の中にどれだけ自由や創造性を組み入れられるかだと思っている。その役割の変化を器用にこなす選手やチーム内で例外的なポジションを確立している選手は両立がうまくいく。そういった意味で、チーム内での彼の「あるべき姿」と、マラソン選手としての彼の「あるべき姿」は、別にあるべきだと僕は思っていた。

 規律や調和という言葉は美しいが、一方で変化を嫌う。規律と調和の中に変化が加わることで新たな気づきがある。彼はそれができなかったし、あえてしないように見えた。常に、チーム内での自分のやるべきことをやる。マラソン選手としてよりも、チームの一員としての姿を貫いた。


 今年の1月に、「ウチのチームの合宿に来ないか」と彼を誘ったことがあった。恥ずかしながら、規律や調和とは無縁のチームである。自由と破壊、みたいなチームだ。僕は真剣に、彼にこの価値観に触れてほしかった。彼自身が作り上げた〝宇賀地強〟というアスリート像の呪縛から、解放されてほしかったからだ。自由に羽ばたいて走る宇賀地を見たかった。

 しかし、宇賀地はそれを拒んだ。「俺がそれをやったら、チームの和が乱れる」。その時にはもう、引退を決めていたのかもしれない。けれど、最後まで自己犠牲を貫くような不器用な男だった。

 そんな姿が走りから伝わるから、結果以上に記憶に残る選手になり、多くの人に愛されたのだろう。こんな美しい引き際があるだろうか。加納(由理)さんを誘って、中目黒のおでん屋でお疲れ様会をしないと。きっと渋谷でウォーミングアップしてから来るんだろう。
声デカいから個室をとらないと。

月刊陸上競技6月号
横田真人の800の視点
第27回 人の心を動かすアスリート・宇賀地強の話 より



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コメント1件

加納さんの記事を読んでから横田さんの記事を読みました。
何故か涙が…。
私は駒澤からのファンですが表面的な記録、結果、わずかに見れる練習風景、それでしか宇賀地さんを知りません。でも、なぜでしょう、魅了されるのです。都道府県駅伝の集合写真を撮る時など、確かにさりげなく周りを見ていて学生さんにも声を掛けておられ、素敵な人だと思いました。ずいぶん年上の私なんかより出来た人(笑)。
しかし、トップ選手としてはもっと貫いた方が良かったのでしょう。否定も肯定も出来ません。宇賀地さんを近くで見てきたからこそ書けるのでしょうね。
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