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【寄稿】田母神が横田組を離れること。

「田母神がうちのチームを離れて
 箱根駅伝を目指すことになりました。」
と、横田コーチから連絡があったのは7月あたまのこと。
そのいきさつをきちんと伝えるために、
急遽、渋谷のラジオ「Track Town SHIBUYA」に
中央大学田母神選手が横田コーチと
一緒に出演することになったのでした。

この番組で田母神選手の草野球チーム「ゲイターズ」が
知られることになるのですが(笑)
番組終了後、横田コーチから
「こんなコラム書いたんですよね」
と、送られてきたコラムが、
「うれしくて、せつなくて、おもしろくて(ここ大事)」。

ラジオと合わせて、もっと多くの人に知ってもらいたいなあと
思ったので、横田コーチにお願いして、
EKIDEN Newsのnoteに寄稿してもらうことにしました。
(快諾してくださった月刊陸上編集部のみなさんありがとうございます!)
予選会。楽しみですよね。

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やるべきことを理解して行動する

「田母神君の良い意味でも悪い意味でも、
 人間味のあるところが好きです」
(日本陸連・畔蒜洋平氏)。
アスリートはロボットじゃないし、完璧じゃない。むしろ未完成だからこそ魅力的なんだと思う。このアスリートが完成に近づくと、どんな輝きを放つのだろうかを想像する。その成長の過程を共有できることも、楽しみの一つである。

 日本選手権が終わった後、田母神一喜(中大)が僕の指導を離れて、中央大学長距離ブロックのキャプテンとしての役割に専念すると決めた。冒頭は、僕がパーソナリティを務める『Track Town Shibuya』
https://note.mu/shiburadi/n/na60749eed1a6
というラジオ番組に田母神に出演してもらった後に、共演者の畔蒜さんが発した言葉だ(炎上しそうなので意訳してあります)。

 キラキラ輝く才能とルックスを持ちながら、それを無駄にする言動の数々。大小合わせいろんなことをやらかして、僕にしょっちゅう怒られてきたのがこの男だ。この腐った性根をどう叩き直してやろうかと思ってた矢先、中大の藤原正和監督から電話が入った。田母神を主将にしたい、と。奇策にもほどがあるだろうと思ったけれど、すぐに藤原監督の考えることは理解できた。

この男が変われば、チームを変えることができる。一方で、僕もこれはチャンスだと思った。彼がすべきことを理解して行動できるアスリートになれるチャンスだ、と。

 僕のチームでのトレーニングと、主将としての役割を両立できないのはわかっていた。一定期間、彼が結果を出せないことも予想がついていた。しかし、目先の結果よりも、彼が自分の置かれた立場ですべきことを理解できる能力を培うことのほうが、アスリートとしても、その先の彼の人生にもプラスになるという確信があった。
だから、僕は彼が主将になるのを後押しした。

僕のチームを離れる〝決断〟に拍手

 キャプテンになる上で、まず障壁になるのは自分がまず変わることの必要性に気づくことができるかであった。藤原監督がすごいのは、田母神にどう変わるべきかの答えを与えなかったことだと思っている。外野の僕からすれば、田母神が変わった上で、外から学んできたことをチームに還元することを求められているのは明白だった。でも、どう変わるべきかは藤原監督は伝えなかった。チームに、田母神に考えさせた。

 キャプテンになってからもウチのチームの練習には来ていたので、たまに彼の話を聞いていた。彼の口からは、なんで他の学生がわかってくれないのか、なんでチームは変わらないのか、という悩みが多かった。彼の言ってることは、僕の感覚的にも正しいことが多かった。けど、彼はコミュニケーションの原則を理解してなかった。

 コーチングで僕が大事にしてるのは、誰(who)が、どのタイミング(when)で、何を(what )、どのように(how)、なぜ(why)伝えるかを自分の中で明確化することである。どんなに正しいことを言っても、これらを誤ると伝わらないことが多い。

 田母神の場合は、whoの時点で相手に伝わらない。大して強くもないくせに特別扱いされて、何も犠牲にしてないように見え、箱根駅伝も走らないやつの言うことなんて聞かないのは当然のことだ。彼の中では、拠点をチームに戻し、僕のチームでのトレーニングの機会を減らしただけでも自己犠牲のつもりかもしれないが、他の人からしたら本来あるべき姿に少し近づいただけで、マイナスがゼロに近づいた程度である。

 また、自分の甘えを許すために、チームメイトの甘えも許していた。自分が休日に草野球をやっていても他の選手は何も思わないから、他の選手のやることには干渉しない。主将が休日に野球をやることを良しとするチームを作りたいのか? スコールが止まない3月の沖縄で、楠康成と新谷仁美と一緒に説教したのは忘れない。

 競技も主将としても中途半端なまま月日が流れ、チームは全日本大学駅伝の選考会で落選し、田母神も日本選手権で予選落ち。この直後、初めてお互いが思っていることが一致した。中途半端はダメだ。何か大きなものを得ようとしたら、何かを犠牲にしないといけない時が来る。今置かれている立場で、やるべきことは何なのか。彼は僕のチームを離れて、中央大学の主将として、箱根駅伝を選手としても目指すことにした。

 彼が犠牲にしたものは2つだ。うれしいことに、田母神は僕のチームにいることを誇りに思ってくれていた。彼が大事にしていたこのチームと、中距離ランナーとしてのプライドを犠牲にしてでも得たいものができた。もちろん賛否はあるだろう。けれど、21歳の時にこの大きな決断をできたことが、何より素晴らしいと僕は思っている。

 指導に答えなんてない。田母神を主将にしたこと、彼が主将としての役割に専念したことがチームにとって本当にプラスになるのか、彼の競技人生にとってプラスになるのかなんて当分わからない。けれど、結果よりもそのプロセスを通して学生アスリートたちが学んだことに、箱根駅伝の結果よりも大事な価値があると思う。箱根駅伝が大きく魅力的になればなるほど勝利ばかりがクローズアップされるが、本当の学生スポーツの価値は、彼らの日々のプロセスの積み重ねだと、この場を借りて強く言いたい。だからどんな結果になっても応援してほしい。

 これを乗り切った後の田母神がどう成長するのか、みんなで楽しみたい。そして、そんな彼とまた一緒に世界を目指すことを、楽しみにしている。


月刊陸上競技 9月号 横田真人コラム「800の視点」より

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