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【記事翻訳】ホッケーのロマンス小説が話題になっている。その人気の理由を考える。

ちょうど『Heated Rivalry』の感想を書いてる最中に、著者のレイチェル・リードさんが興味深い記事をシェアしてたので訳してみました。

元記事:Hockey romance novels are in the news. Here’s why they’re so popular. - The Washington Post

先週まで、多くの人はホッケー・ロマンス小説の存在やその人気について知らなかったかもしれない。しかし、あるNHL選手とその妻がセクシャルハラスメントをやめるよう読者に呼びかけたことで、このサブジャンルはメインストリームの注目を集めた。

説明しよう──TikTok上の本好きのコミュニティBookTokは、その投稿の大部分をロマンスジャンルに捧げている。クリエイターたちは、そのショートビデオの中で「ホッケー・ロマンス」を含むロマンスジャンル全体のスパイシーな読書体験を推奨している。「ホッケー・ロマンス」というこの特殊なカテゴリーのロマンス小説に関する投稿では、実際のNHL選手の映像の上に本からの引用が表示され、時には彼らが氷上で挑発的に股間を動かしている映像が使用されることもある。

投稿者は、自分の好きな本のボーイフレンドを連想させる選手に夢中になる。シアトル・クラーケンのセンター、アレックス・ウェンバーグはその人気者の一人である。彼のチームは当初、上記と同じスタイルの投稿やハッシュタグでBookTokのコミュニティを口説き、人気クリエイター達はプレーオフの試合に駆け込んだ。

しかし7月下旬、ウェンバーグの妻であるフェリシア・ウェンバーグは、一部の動画やコメントが 「略奪的で搾取的である 」という声明をInstagramで発表した。アレックス・ウェンバーグはこれに続いて、事態は行き過ぎたものであるとし、「私の妻のインスタグラムや私たちの子供の写真に下劣なコメントを投稿する人たちへ。私たちの性格や私たちの関係に対する嫌がらせであり、セクシャルハラスメントだ」という声明を発表した。

この一連の出来事が、ロマンス界で長年愛されてきたこのサブジャンルを多くの人に知ってもらうきっかけとなったのは残念なことだ。なぜホッケー・ロマンスが人気なのか?いくつか仮説がある。

ロマンス小説の世界には、コンテンポラリー・ロマンス、ヒストリカル・ロマンス、ファンタジー/SFロマンスなど、たくさんの“領地”がある。もしあなたが公爵やコルセットが登場するロマンス小説を読んでいるなら、おそらくそれはヒストリカルだろうし、妖精やエルフが関係を持っているなら、ファンタジー・ロマンスを読んでいることになる。現代の地球が舞台ならコンテンポラリー・ロマンスで、主人公の少なくとも一人がアスリートだったり、何らかの形でスポーツの世界に関わっている場合は、さらに細かく分類してスポーツ・ロマンスと呼ぶ。

スポーツ・ロマンスというサブカテゴリーの中では、アイスホッケーが他の競技を圧倒している。今現在、アマゾンのスポーツロマンスのトップ10はすべてホッケーが絡んでいる(アマゾン創業者のジェフ・ベゾスはワシントン・ポスト紙を所有している)。

アメリカでは、ホッケーは最も人気のあるスポーツではないかもしれない。しかし、氷上をナイフで攻撃的に疾走するかのような、血生臭く残忍な娯楽としてのホッケーは、「ロマンスに完璧な嵐を巻き起こす」と、ワシントンのイースト・シティ・ブックショップのイベント・マネージャー、レイニー=ローズ・ライザーは言う。「このスポーツ自体、本質的にとても緊張感があり、ハイリスクでドラマチックなものです。それをロマンスの環境に当て込むと、あらゆる面を向上させるのです」

ホッケーはいまだに乱闘が許される唯一のチームスポーツだ。いつグローブを下ろして投げつけるかというエチケットがあり、そのほとんどはチームメイトを守るためのものだ。このニュアンスに富んだ規則は騎士道規範に似ており、選手たちを「仲間を守る現代の騎士」として位置づけることを可能にする。そして、ホッケー・ロマンスでは選手たちが真っ逆さまに恋に落ちるようなソフトな一面を見せる。加えて、裕福で、体型がよく、性的欲求が強く、名声もある彼らの立場が、あらゆる人間関係に内在する「緊張感」を高めるのだ。

ロマンス小説は、”friends-to-lovers”(友達からの恋人)、あるいは”fake relationship”(偽りの関係)といった、筋書きの構成要素であるお決まりの型(トロープ)に依存している。ホッケーの世界はこれらすべてに対応できる。逆ハーレム?お手の物だ。禁断の関係?チームのために働く人、チームメイト、コーチの子供、あるいはコーチ自身など、アスリートにとって関係を持つべきでない人物を好きに選べばいい。その本はすでに存在しているはずだ。

また、ロマンス小説の伝統である 「シリーズ化」を助長するのが、脇役のキャスティングだ。マーベル・シネマティック・ユニバースのように、初期の作品では脇役であったキャラクターが、シリーズを重ねるごとにスターになっていく。シリーズを読み進めることで、彼らそれぞれの「ハッピー・エバー・アフター」を読者は網羅できるというわけだ。

コンテンポラリー・ロマンス作家のカンディ・スタイナーは、フットボール・ロマンスなど何十冊もの著作があるが、7月に『Meet Your Match』でホッケー・ロマンス界へのデビューを果たした。この職場ロマンスは、フロリダのホッケーチームに焦点を当てた新シリーズの幕開けとなる。「この本ではメイン・カップルにスポットライトを当てていますが、読者にはこれから主人公として登場する人物を予感させることにもなっています」と彼女は言う。チームには不機嫌なシングルファーザー、性的経験の少ない若い選手、セクシーな歯科医などがいる。「読者にとっては、脇役のキャラクターは『誰が誰といつ結ばれるんだろう』という期待に胸を膨らませ、シリーズへの忠誠心を高めてくれる存在なのです」

チーム全体のダイナミズムもまた、別の理由で魅力となりうる。「ホッケー・ロマンスには他のサブジャンルと比べ、多くの男同士の友情が存在します」ロサンゼルスにあるロマンス専門書店、リップド・ボディス(Ripped Bodice)のオーナー、リア・コッチは言う。「彼らはお互いに親切で、支え合っていて、それを読むのは本当に楽しい体験です。理想のロッカールームでの会話を聞いている気分になれます」

生涯のホッケー・ファンであるレイチェル・ゴグエンが、レイチェル・リードというペンネームで男性同士の恋愛を描いたクィア・ホッケー・シリーズ『Game Changers』を書き始めた動機は、物語上での彼女の願望実現にある(シリーズ2作目の『Heated Rivalry』は、そもそも私がこのジャンルにハマるきっかけとなった作品だ。お薦めだ)。「『Game Changer』は、ホッケー文化がいかに明らかに同性愛嫌悪であるか、そしてホッケーファンであることを本当に恥ずかしく思わせるような他のすべてのことに腹を立てていたところから着想を得ました」とゴグエンは言う。「このシリーズは、NHLとホッケー文化をかなり批判しています」

ホッケー・ロマンスの人気について、私が考えた他の説がある。プロホッケー選手は北米で唯一、試合前にスーツを着用しなければならないアスリートだ。彼らの優れたスケーティング技術が、ロマンチックなアイススケート・デートの扉を開く。「パック」という単語は、ダジャレ的な本のタイトルに最適だ(『Pucking Around』、『Pucked Over』、『Hot as Puck』など)。ホッケーは他のメジャーリーグのスポーツに比べて人気が比較的低いので、現実逃避にはもってこいの題材かもしれない。

BookTokはこのジャンルの知名度も高めている。TikTokでバズることで、本はベストセラーリストに直接送り込まれ、どうやらホッケーの試合にも観客が送り込まれるようだ。デイリー・テレグラフ紙によると、ロマンス本ファンのおかげで、オーストラリア・アイスホッケーリーグの試合の観客動員数が3倍になったという。

プロアイスホッケー界もこの動きに注目している。フィリップ・ニルソン・フォルネスはスウェーデンのプロチーム、Nacka HKのセンターで、チームのTikTokアカウントを運営している。ホッケー・ロマンスの存在を知った彼は、チームメイトが人気の本を読んでいる動画を投稿し始めた。

「私たちが読書をしている動画を投稿すると、多くの人がとても喜んでくれるのがわかりました」とフォルネスは言う。こういった動画の投稿を始めた理由には、「ホッケー選手は命令に従順で、本を手に取らない生真面目な男」という一般的な固定観念を打ち破りたいという思いもある。

彼は、ホッケー・ロマンスを読むまで、そこに試合に関する知識が存在するとは思っていなかった。「読み始める前は、『オーケイ、彼らはホッケーについて何も知らないよな』と思っていました。でも今は本当に感心しています」
彼が言うには、ホッケー・ロマンスではチームのメンバーが常に一緒に過ごしている様子がリアルに描かれているようだ。

そして今、彼はチームメイトと共にホッケー・ロマンスを読んでいる。「私たちのうち4、5人は本全体を読んでいるし、ハイライトだけを読んでいるチームメイトもいます」
このジャンルに関しては、自分はまだまだ新米だと彼は認めている。しかし、このジャンルに飛び込もうとする人にとっては、何シーズンも読み続けるのに十分な量がある。



…要するに、
・アイスホッケーという競技の残忍性と、恋に落ちるアスリートの間のギャップ萌え
・アイスホッケーはいまだに乱闘が許される「騎士道精神」の世界=友情を大切にするキャラクター性
・「定番のトロープ(Friends to Lovers, Forbidden Relationshipsなど)」をすべてカバーできる環境
・チームスポーツゆえにシリーズ化に便利な脇役を配置しやすい
このあたりが人気の要因と考えられるらしい。確かに。書く側も書きやすいんだなー。

ホッケーもののMMロマンスが多い理由は上記に加えて、「スポーツ界に蔓延るホモフォビア」がロマンスの障害として説得力がある、というのもありそう。ただ出会ってくっつくだけのロマンスなんて誰も読まないので、ロマンス作者は「年齢差」だとか「社会的立場の違い」というような障害を設ける。
男性同士の恋愛を描くMMロマンスの場合、ホモフォビアの存在がそういった障害として描かれることが多い。時代が進み同性婚が合法化された現代社会でも、悲しいことに偏見や差別は存在し続けているからだ。そんな中でも、「スポーツ界に蔓延るホモフォビア」は、社会的に存在し続ける偏見・差別として現実的で説得力がある。実際見てるから分かるけど、プライド月間中のチーム公式SNSのコメント欄はひどい。レイチェル・リードさんも記事中で挙げてたけど、選手のカミングアウトをチームがサポートするような体制も整ってない。
ホッケーはこういった「ロマンス成就の障害」という舞台装置としても機能しており、ホッケーMMが急増している理由の一つなのかも。
「なんでこんなに多いんだ?!好きだけど」とずっと疑問だったので、とても興味深い分析を読ませていただきました。
日本ではアイスホッケー人気が低いためホッケー・ロマンスにお目にかかる機会は全くないけど、野田サトル先生の新作がアイスホッケー漫画だったのでもしかしたらこれからホッケー人気が爆発するかもしれない…!ホッケー・ロマンスも翻訳されるようになって、どんどん人気が高まると良いな。


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