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ヒゲダンの『アポトーシス』が名作過ぎるので歌詞を1行づつ解説する。#3

このシリーズコラムラストです。ヒゲダンの『アポトーシス』の大サビからエンディングを見ていきましょう。例によって埋め込み動画です。

ドラマチックな間奏を挟んでついに大サビに入ります。1番のサビの内容をさらに深めるような意味合いになっています。

今宵も鐘が鳴る方角は お祭りの後みたいに 鎮まり返ってる

1番のリフレインです。#1の回で、1番では鐘が鳴る方角が何かははっきり定義していないと念押ししましたが、もう死への道程であることは確定しています。そして同じフレーズでも、こちらが深さも重さも増していると感じます。曲を通して、主人公の心の葛藤をリスナーは体験しているからです。

焦りを薄め合うように 私達は祈る

1番で出た焦りが再度出てきます。ここで主眼となっているのは「祈り」ですが、祈ったとしても、せいぜいできるのは焦りを薄めるぐらいである、という、ここでも達観が現れています。

薄め合う、というこれもやや通常にない言い回しですが、「支え合う」とか「助け合う」などの単語とシンクロさせたいのだと思います。それでも、死への(=生への)焦りは消せず、薄めるのが精一杯です。

似た者同士の街の中 空っぽ同士の腕で今 躊躇いひとつもなくあなたを抱き寄せる

ここでも字面としてはとても前向きなフレーズが出現します。「躊躇いひとつもなくあなたを抱き寄せる」クライマックスにふさわしい主張ですが、ちょっと待ってください。

主人公は身体が絶えず痛み、ケーキも思うように食べられず、誰かに泣き縋りたい、涙を流して眠れず横たわっているような女性です。しかも空っぽな内面で。悪びれてみたり、後ろ向きな態度も示していました。強い腕で優しく抱き寄せる、そんなイメージとは違い、ボロボロの自分を抱き寄せてもらいたい気持ちなのではないでしょうか。1番で未来へとひた走るのもカラ元気でした。ここでもある種の強がりとして、あなたを抱き寄せると言ってる気がします。2番のラストで、受け身ではなく自分で選びたいという願望を感じ取れることもその理由です。それは次に出てくる1番のラストと同じ一言でも察することができます。

別れの時まで ひと時だって愛しそびれないように そう言い聞かすように

「そう言い聞かすように」あくまで自分に言い聞かせているのです。愛され続けてこの世とお別れしたい。でも自分からはそんなことは言えない空っぽな強がり。彼女がなぜ死を意識しているのか、実際に病に倒れているのか、ただの心配性なのか、歌詞の中では明かされていません。が、もし仮に寝たきりで自分から抱きしめることができないとしても、ひと時だって愛しそびれないように思っているからわかってほしい。そんな願いが込められた、肯定文の形をした反語ではないかと思います。主人公のいじらしい言動からすると、できないけれどそうしたいから理解してね、そんな主張だとするのが整合性があるような気がします。

またここでも「愛しそびれない」という変わった言い回しをしているのが藤原さんの特徴ですよね。例によって前後のイメージの呼応、ここでは「躊躇いひとつもなく」というフレーズが頭に残っているので、何の違和感もなく言葉が頭に入って来ます。一連の、変な言い方だけど納得できるフレーズ作りができる能力を称賛する言い回しが思いつきません。つまり天才です。

訪れるべき時が来た もしその時は悲しまないでダーリン

そしてAメロをリフレインする形でエンディングです。ここでは逆に、「訪れるべき時」も「悲しまないで」も意味が弱くなっていると感じないでしょうか。大サビで強くメッセージを主張した後なので、訪れるべき時が来てもいい、悲しみもきっとそんなに深くない、全く同じフレーズでもそんな心情の変化がちゃんと伝わります。

もう朝になるね やっと少しだけ 眠れそうだよ

映画や小説で、物語の最後を朝のシーンにして希望と重ね合わせるのは定番とも言えます。眠れずに夜を過ごした後、朝になってかすかな希望を見出し、眠りに付いた、そんな静かなエンディングです。

揺れ動く心情を経て、朝の光にかすかな希望を見出すという、少しだけハッピーが勝っているエンディングです。意地悪な視点なら、次々と人生のページをめくられて異議を唱えている主人公を救うのも、強引にやってくる朝だった、という皮肉なオチと考えることもできるかもしれません。結局何に希望を見出したのか、運命を受け入れることによって心の平穏を得たのか、すべてを明らかにはしていないだけに、なんともいえない余韻が残ります。

「生と死」「希望と絶望」というのは物語全般の普遍的なテーマだとは思いますが、J-POPというある意味軽さが期待されるカテゴリーの中で、こんな重いテーマを、誰もが自分ごととして受け止められるような作品にしてくれたヒゲダン。全体のテーマ性、テーマ性を際立たせる言葉選び、限定するところとぼかすところ、わかりやすさと違和感のさじ加減、主人公の内面の掘り下げ方、巧妙に配置されたモチーフの効果、イメージの呼応による世界観の幅広さと深さ、どこをとっても素晴らしい。

それにこの曲、6分半近くあります。あの長くて有名なクイーンの『ボヘミアン・ラプソディ』ですら6分ちょうど。普通に1番2番大サビという構成なのにこの長さなのは、ゆったりしたテンポとBメロからサビが始まるような特殊な盛り上げ方のためだとは思いますが、聴いている最中にはまったく長さが気にならず、しかし視聴後には長編映画でも見たようなずっしりした充実感があるという不思議な作品です。こいった部分も前例がない感じ。

どこから見ても名作としか言いようのない『アポトーシス』ですが、いろいろな解釈、いろいろな感想があってしかるべき作品だと思いますので、お暇な方はコメントなどもいただければ幸いです。明らかに間違い、ということなどもあればご指摘いただければ反映いたしますのでよろしくお願い致します。

(終)

サポートのしくみがよくわからないので教えてください。