コメント_2019-08-09_190927

ちゅん太のいた夏(第十四回)

【おもいは のこる】

ホテルに戻ると、ちゅん太がエントランス脇の茂みで待っていた。

    「おかえり どうだった?」

うん、疲れた。部屋に行って、ちょっと話ししようか。ご飯食べた?

    「たべた でももっとなにか たべてもいい」

近くのコンビニでパンを買い、買い物袋にちゅん太を隠して部屋に戻った。

    「かおが ちがうよ キミはキミだけど ほかのひとの かおも みえる」

私のちゅん太クンはさすがに勘が鋭い。どこから話そうか。そう、恐山はね、昨日話したようにくさーいガスが出ていて、生き物があまりいないの。鳥も飛んでいないよ。キレイな湖もあるんだけど、特殊な魚だけが生きられる。そんな場所なのね。
だから人間は、そこが死んだ後の世界への入り口だと考えたの。そう、人間は身体が死んでも魂は生きているって考えるの。魂とか死後の世界のことは、まあ暇な時にもうちょっと詳しく説明するね。サトウさんみたいに家族を亡くした人は、そっちの世界で安らかに暮らしてくださいね、って声をかけたくて恐山に行くの。あるいは、言い残したことがあったらぜひ聞かせてとか、もしかしたら会えるんじゃないか、とかね。
そしてサトウさんと一緒に、死んだ後の世界みたいな場所を、ぐるぐる歩いたの。キミたち雀みたいに、黙って側にいればいいと思ったんだけど、なかなかそうはいかなくてね。私は喧嘩したり走ったり転んだり、そして最後は湖に入りそうなったり、大変だった。でもサトウさんは娘さんと何かやりとりができたようで、すごく心が落ち着いた感じで帰ってきた。そんなところかな。

    「つまり いって よかった」

よかったと思う。で、私が何人にも見える話、詳しく聞きたいんだけど。

    「おもいは かたちに なる」

    「おまつりのよるに キミは みた」

とちゅん太は言った。

    「キミが けさ あのヒトに むけたおもい」

    「このへやに のこってる」

    「あのヒトが キミにむけた おもいも のこってる」 

ウエノさん行かないでって泣いたの、今朝だったのね。もう遠い昔のような気がする。でもそれって記憶なんじゃないの?憶えてるってこと。頭の中に記憶が残るのは、当たり前の話でしょ。

    「おもいは やりとりできる」

    「おうえんされると がんばれるのは おもいを うけとるから」

「おもい」には、何かエネルギーが含まれるのね。エネルギーじゃわかんないか。チカラ、みたいな感じね。
    
    「うけとめられなかった おもいは そのばしょに そのまま のこる」

    「その やまも たぶん おもいが いっぱい のこっている」

いっぱいどころの騒ぎじゃないわよ。東京ドーム何十杯分って計れる類の量だと思う。

    「あのおかあさんの おもいを キミが うけとめて」

    「ほかのひとの いろんなおもいも チカラにして」

そう考えると今日あったことの辻褄が合う気がする。私、たぶんイタコさんみたいに、誰かの代わりにサトウさんと話をしたかもしれない。もちろん、それは津波で行方不明になった娘さんだ。

    「あのおかあさんは キミの かがみ だとおもう?」

わからない。でも私がサトウさんに娘さんを見せてあげられたのだとしたら、鏡として満更でもないわね。

    「もちろん キミも だれかの かがみ」

    「それと ボクもむかしの スズメのことを かんがえるときもある」

    「おかあさんじゃない ほかの スズメ」

 雀は今日のことしか考えられないって、前に言ってたわよ。

    「おもいが のこっていれば わかる」

    「むかし カラスにたちむかった スズメがいた」

    「なかまのために カラスとたたかった」

    「もちろん かんたんに ころされた」

    「でも スズメだって たたかえる というおもいが のこった」

 そうなんだ。でも相変わらず、雀は逃げるんでしょ。

    「それが ボクたちのやりかた」

    「いきるために にげる」

    「たたかうのは いきるためじゃない」

    「おもいを のこすため」

そんなことがあったのね。雀界にもヒーローがいたんだ。結果は残念だったけど、みんな忘れてないってことね。ちゅん太クンありがとう。もうおなかいっぱいになった?じゃ寝ようか。

【よく晴れた青森港】

午前中の晴れ渡った空の下、目の前には陸奥湾が広がっている。左手に津軽半島、右手に下北半島が見える。その真中に北海道が見えることもあるそうだが、夏だから空気がかすんでわからない。今私は、サトウさんと一緒に青森港のアスパム13階の展望台にいる。三角形のユニークな建物で、とても良く目立つ。待ち合わせをして間違うことはまずないだろうと思われる施設だ。
下北半島側を指差して、サトウさんが言った。
「昨日はあの辺にいたのかしら」
「はい。恐山は内陸だから、ここから直接は見えないですけど」
窓側から、通路側のベンチに移動し、並んで腰掛けた。
「昨日は本当にありがとう。それにごめんなさいね。付き添いで来てもらうだけのつもりだったのに、あんなことになってしまって。大丈夫?身体の調子とか、おかしくない?」
「全然大丈夫です。ゆっくり眠れたので、いつもより元気です」
「私が石積みをしたあたりから、もうあなたの様子が少し変だなって思っていたの。なんだか、仕草とか立ち振舞とか、どんどん娘の面影が強くなってきたのね。気がついたら、極楽浜を二人で並んで歩いていた」
私はそれを血の池地獄のあたりから見ていた。どっちの自分が本物なのだろう。なぜウエノさんと間違えたのだろう。
「娘といろんな話をした。いまどこにいるのかとか、誰か一緒にいる人はいるのか、困ったことはないかとか、訊いてみたの。そうしたら今は生活の心配とか、仕事がつらいとかないから、気楽にやっているし安心してって言ってた。でもどういう生活をしているかとか、詳しい話はしちゃいけないことになっているんだって。こっちの暮らしは、いつも見ているからだいたい知っているって言ってた」
「あの、それ全部私が喋っていたのでしょうか」
「そう。でも姿形はあなたでも、私にはすっかり娘にしか見えないの。それに不思議ね、私はいろんな話をしたつもりだったのに、実際はほんの1~2分ぐらいのことだったでしょう?」
「二人で並んで歩いていたのはビデオでもそれぐらいの時間でしたね。気を失っていたのもほんの3分ぐらいだったようです。」
こちらも不思議なのだが、サトウさんと私、ユーチューバーが湖畔でそうしたドタバタを繰り広げていたにも関わらず、他の人は誰も気づいていなかったようなのだ。花巻の宵宮でも周囲の反応はそんな感じだったのを思い出した。砂浜で女性二人が気を失って倒れているのに、野次馬が取り囲むこともなかった。
「最後に訊いてみたの。あの電話の後、どう思った?どうしたのって?」
サトウさんが訊きたくてしょうがなかったことだ。
「娘は、その後もいろんなところに電話をしたり、電話がかかってきたりしたって言ってた。仕事の途中で、関係先とこの後どうするかの相談と対応に追われていたから、パニックになっているヒマなんてなかったって、笑っていたわ。その電話もなかなかつながらないわけだし。そしてある場所に向かおうとして、避難する車の渋滞に巻き込まれて、結局間に合わなかったんだって」
娘さんの強さに、私が泣きそうになった。パニックになって当然と考えた自分の心の弱さを恥ずかしく思った。
「あの、娘さんはどちらに向かおうとしたのでしょうか」
「それはもう、私と娘にしかわからないことなの。車の中にいなかったのもそれが理由なんだけど、もういいの。娘は、私がずっと電話の件でクヨクヨしていることも知ってた。だからどうにかしてその必要はないと教えたがっていたようなの。それが出来て本当に良かったって」
そう言って、サトウさんはハンカチを目に当てた。
「こういう気持ちになれたのも、全てあなたのおかげ。なんてお礼を言っていいのかわからないわ。こんな図々しい願いを打ち明けるのは恥ずかしいけれど、本当に娘になって欲しいぐらい」
答えに困って笑って誤魔化したが、別の困惑が私の中に広がってきた。
恐山では、死者に会おうとすることは禁忌事項とされている。理由は定かではないが、会えるものならこちらが命を失えばいい、という発想になることを戒めているのだと思われる。死界を彷彿とさせる場所だけに、ついついそういう短絡をしてしまう可能性は大きい。私とユーチューバーが、入水自殺の幻影を見てしまったのも、サトウさんの心のどこかにある隠れた願望に影響されてしまったのではないだろうか。ある種高揚しているサトウさんの気持ちが平常に戻ったときに、「また会いたい」と思ったらどういう行動をとってしまうか、一抹の不安が拭えない。
そして私の能力に、霊媒が追加されていないかどうかも気になるところだ。今回のことが、たまたま、恐山の「おもい」のチカラに後押しされて、1回限りで発揮されたのならまだいい。何かの拍子に、そちらのチャンネルも開通してしまったのだとしたらどうしよう。雀と話せるだけで、もうたくさんなのに。
「それではお元気で」
「また会いましょう」
連絡先を交換し、アスパムでサトウさんと別れた。青森駅からローカル線に乗って地元に帰るのだという。
午後、新しい不安と向き合うための儀式のつもりで、また彼氏に手紙を書いた。

・・・・・・・・・
彼氏様

お元気ですか 
じつはこの前書いた旅の道連れが去りました。そして無意識の内に自分が霊媒になり、不思議な体験をしました。
何を書いているのか、わけがわからないかもしれませんが事実です。旅に出てこんなことをいうのも変ですが、何もない普通の日々が有り難いと感じます。
この前は日々自分が解放されていく、というようなことを書いた記憶があるのですが、もはや目の前で起きていることがあり得なさすぎて、それについていくのがやっとです。
戻る場所があるのはいいものです。とはいえいまのところそれは、アパートの一室と、あなたぐらいなのですが。そして受け入れてくれるかどうかはあなた次第なのも、理解しています。
旅もそろそろ終わりだと思います。東京に戻ったら、話す機会を持てればうれしいです。

私子
・・・・・・・・・

これだけ書くのに、2時間ぐらいかかってしまった。書いてみて、大口を叩いて飛び出したのはいいが、最後は結局人に甘えているだけなのか、と情けない気がした。昨日今日、ちょっと魂がこの世を離れ気味なので、実社会とのつながりを手紙で保ちたかった。
雀と話ができるどころか、霊能力も背負っているかもしれないことに大いに戸惑っている。ウエノさんの悲しさ、突然災害にあった人の悲しさ、残された人の悲しさ、それらを現世の一個人では受け止められずに、異次元に助けを求めてしまったというのだろうか。雀と会話するだけでだいぶ生きにくくなってしまった。これ以上異能を持つことになっても、悲観的な将来しか思い浮かばない。
今日も放ったらかしだったちゅん太がホテルの窓の外に戻ってきたので、訊いてみた。どうなってる?私の頭の中。

    「どうもなってない ふつう」

私的にはもういろんなものが溢れ出しそうになってる。もう、旅も終わりかなって思うの。

    「たのしかったよ いろんなものがたべられた」

良かった。でもずっと放ったらかしで、ごめんね。

    「スズメは ほったらかしが ふつう それでいい」

    「それより キミから いろいろ おしえられた」

何も参考になってないでしょ。どちらかと言えば反面教師なんじゃない?じゃ私はキミから何を教わったかな。具体的にはなんとも言えないけれど、今はちゅん太クンみたいにブレない感じが欲しい。受け止めつつ、受け流す、みたいな。というか、もはやキミになりたい。食べ物のことだけ考えて、毎日を淡々と過ごしたい。何も考えずに、空を自由に飛び回りたい。

    「おもうほど ラクじゃない」

そう言って、ちゅん太はまたサッと飛びたった。楽じゃないと言いつつ、この土地の空気と食べ物を目一杯エンジョイしているようだった。

つづく

サポートのしくみがよくわからないので教えてください。