さよなら、ハイマットカフェ。に寄せて

武蔵小山のハイマットカフェが閉店を決めました。
そのアナウンスに反応する人々に、
わたしはとても共感します。

どうしても、どうしてもやむを得ないかたちでも、
終えることができれば、それはしあわせなのです。

終えることができないまま
まるで亡霊のように、
街を生きなければいけないこともありますから、

それよりも、
自らがおわりをつげて、さよならできるのは、
それはそれで、しあわせのかたちです。

そう思いたい。

ハイマットは、
わたしは2014年から、お得意様だ。
お得様と行っても、
珈琲1杯で、何時間も居座るわたしが、
ほんとうのお得意様なのかどうかは、自信がないです。

ときどき、ランチをして、
ときどき、ディナーをしても、

ひとりあたり、せいぜい1,500円ぐらいだ。
それで、何時間も居座るのだから、もしかしたら迷惑だったのかも。

ハイマットが素晴らしいのは、
いわゆるノマド的な居座りやさんと、
いわゆるママ友の集合場所と、
いわゆる男女を問わぬ、友人の集い場所、
それらの役割を長く果たしていたことです。

武蔵小山もいよいよ、都市開発が加速して行くばかりで、
もはやわたしたちのかつての武蔵小山はない。

それでも、こうして、
ぎりぎりまでハイマットカフェがあることが、

武蔵小山のこの20年の歴史にどれだけの貢献があったのか?
それを知るべきです。

私たちの街には、
行きつけの立ち呑み焼き鳥屋もカフェも中華料理屋さんも、
オリジナルな存在感で同居していた。

同じテナントではなくとも、よかったのです。

そこには、街があるから。
それぞれが独立したあり方や生き方で、

都市の中のユニークな存在感を活かして、生かされて、
彼らはその多様性を保っていたのです。

さて、これからの武蔵小山の未来はどうなるのでしょうか?

今月25日まで、ハイマットはつづきます。
珈琲1杯だけではなく、
ランチまたはサラダと白ワインが、ハイマットでは似合います。
オリジナルハンバーガーとポテトも大好きです。
ハイマットサラダはいうまでもないでしょう。
これがまた、美味しんですよねぇ。

「さよなら、ハイマットカフェ」って、
大きくアナウンスを自らするそのアティチュードがある、
ハイマットカフェにたくさんの感謝を。

ありがとう、ハイマットカフェ。

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わたしもスキをつくりたい。感謝です。
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Toshi F

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