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何でもかんでも共有しないで

最近は色々なことが情報としてタイムラグが少なく共有できてしまうから、幸せなことを他人に見てもらうことでほかの人におめでとうだとか可愛いねだとかブーストをかけてもらうだけではなく「他人のTLに流れることが出来る(=見てもらう)」要素にも自分の幸福度を上げるブースターとしての役割を少なからず求めている節がだいたいあって(私も当然含める)、どんどん自分の都合で感情を激化することができてすごいなと思う。よくある「あなたといると幸せは二倍に、悲しみは半分になるよ...///」みたいなのの不特定多数バージョンみたいなもんで幸せは何百倍になるし、わかんない悲しみも何百分の...1にはならなくない?マジでクソ世の中。いや、なるのかな?幸せも何百倍になったなんてわからないけどね。薄まってしまうかもしれないじゃん。

所詮私の居場所は生身のほうの体が近くて、デジタルネイティブなんて言われても、なかなかSNSの体感とリアルが一致しない。セミの部屋だって、私の全体的な第一印象は本当に存在するんだ、だったし、存在して話してみるとSNS上の雰囲気まんまの人もいれば、かっちり住み分けていて結構印象が変わる人もいる。まあ当たり前だけれどね、どんなに仲の良い友達だって無意識であっても見せていない面はきっとあるしそんなのネットとリアルに限った話じゃないけれど。

一日にこなせる予定の数の上限は私は大体三つなんだけれども、だから多分一日でちゃんと会える生身の人間の数にもおそらく慣れのキャパがあって、しかしネットは早くて無料で便利だから、やろうと思えばいくらでも人間のことを追うことが出来しまう。(ただしその人がネットで活動してる人に限る)

やっぱり情報量が多すぎる。私が誕生日の分かる友達なんてそんなに大した数じゃないのに、TLは毎日誰かの誕生日で画面に風船が飛ぶし、お誕生日が一般にめでたいという気持ちとあまりよく知らない人の誕生日を祝う気になれない自己嫌悪みたいなのがうまれてしまう。本当に、それでもあまりよく知らないTLの人たちがそんな私の気持ちを汲まずに自由につぶやいていることは救いだけど!

インターネットはやっぱり個人的にはブースターとしての役割が近い。直接的なやりとりよりもそのTLの空気として流れながら自分の感情を強化することを多分望んでいる。だからこそ、せめて、近くにいてくれる人たちには何でもかんでも共有するのではなくその人だから言いたくなったことを直接伝えていきたいなと改めて思った。

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ありがたいいい
7

Δゆら

わせだ、大学3年生
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