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ワインコラム29:5月の風とぬる燗に身体が同化する

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Ryoko☆Sakata

店を始めて数年経った頃、試飲会で静岡市を訪れたことがある。
5月のことだった。
試飲会も終わり、遊歩道のような広い道に出た時、えもいわれぬ気持ちの良い風に包まれた。快感でさえあった。
気候的に暑くも寒くもなく、湿度も少ない季節に吹く風は、それだけでも心地良い。5月の若葉の間を吹いてくるので、青々しい香りもする。奇妙な言い方だが、「風が美味しい」と感じたのだ。
この時、「5月の風」の素晴らしさを再認識した。

自分の生まれ月なので、自画自賛的になりますが・・・。

自宅のある町から3駅くらいの所に、良い季節には入口と裏口、窓まで開け放して営業する居酒屋がある。 
一度、5月に行って、風の心地良さにやみつきになってしまった。それから何年か続けて、5月だけその店に通っていたことがある。5月の天気の良い日にしか行かないのだ。
何時でも良いわけではなく、4時か5時頃が良い。まだ明るい時が良い。
店も開けたてで、客も少ない。5月の風を味わうなら、人の少ない開けたての居酒屋が良い。

最近はさすがに電車を使ってまで行かなくなった。
自宅のある町で同じような店をみつけたのだ。そこで風になぶられて酒を呑んでいると、身体の輪郭が無くなり、風と同化したような感覚になる。この感覚はある種の官能と言えるかもしれない。

この同化する感覚は、ぬる燗で酒を呑む時のそれに近いような気がする。
「ぬる燗」と言っても細かく分かれているようで、最も温度が低いものが30℃の「日向(ひなた)燗」。それから35℃の「人肌燗」、40℃の「ぬる燗」、45℃の「上燗」と言うらしい。
そこから類推するに、どうも私の好きな温度は「ぬる燗」と「上燗」の間、40℃〜45℃となるようだ。気温にもよるが、この温度帯が最も身体と同化しやすいようにおもわれる。

喉を通った後、スポンジのように身体が吸収し同化してしまう感覚がある。 喉を通る時にも、スルスルッと入ってしまう。抵抗感がまるで無い。普通、酒というものはアルコールであるから、喉に入っても主張するものだが、その主張が無い。外部から異物を取り入れたという感じがまったくしない。

「ぬる燗」というものは、不思議な温度帯と言えるかもしれない。


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