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神仏まざりて蛇と皮

 熱が出ると決まって仏の夢を見る。それは蛇であり神様であり伯母である。
 伯母は今では点鬼簿の中にいて、私はもう声を思い出せない。顔も思い出せない。匂いも思い出せない。ただ薄い皮の骨ばった指だけを思い出せるのであって、熱に魘されて夢にみるのは、その死んでいる人間のような、やけにつるりとした指だけなのだった。
 寺の門のそばで、私は伯母のその指に手を包まれながら、蛇であり神であり仏であるそれを見た。そうして、今でも夢に見る。
 私が通っていた保育園は寺の中にあり、赤い屋根の建物の中に入るまでには、六つの地蔵に会い、鈍い極大な青銅色の梵鐘に会い、渦のような竹やぶに会い、無数の墓に会わなければならなかった。そのころ私は、墓を人を燃やす場所なのだと思っていた。それは祖母の住む遠い家の、もう使われていない便所から墓が見えるためであった。昔は小便をしながらよくそこで人を燃やしているのを見てね、と、かりんとうを食べながら、いくつかいるうちの伯母の一人が言っていたからだ。あるいは、それは母だったのかもしれない。
「人の燃える匂いというのはなんとも」
 母は私の幼い記憶の中ではいつも臥せっており、自らの寝床か、あるいは明るい灰色の病院の中でヒューヒューと聞こえる息を繰り返していた。それは確かに生きている音であったのだろうが、私には死んでいく音に聞こえていた。そうしてそのころの私には、生きていることのほうが恐ろしかった。だから母の呼吸はさほど恐ろしいものではなかった。
 園長先生のいるお堂には、梵鐘と同じ青銅色の天水受けが二つあり、睡蓮の花弁のように口を広げるその中に、何が存在するのかを私は知りたかった。まだ幼い私の背の丈ではそれを覗き込むことが叶わなかった。私が想像していたものは夢のような何かで、具体を持たない、望外の喜びに似たものがそこに満ちているのだと思いこんでいた。そうして遠い日のいつか、私はそれを覗き込むのだろうと考えていた。そしてその願いは叶わなかった。想像だにしない速さで私の背は伸び、まったく遠くない未来において、私はそれをすることができるようになってしまったのだ。骨の伸びる音に怯えながら、あえぐような息苦しさで――あるいは人はそれを祈りと呼ぶのかもしれないが――覗いた先にあったのは蠢く無数のボウフラであった。
 私は途端に生きていることが恐ろしくなった。生きているという状態が恐ろしくなった。お堂の中には金色の阿弥陀如来がいて、その内部にも小さな阿弥陀如来がいて、私はその阿弥陀如来の薄暗い中に閉じ込められ、一本の蝋燭の火を消さないように、じっと息を殺して立っていたことがある。そこには私と蝋燭と阿弥陀如来と、それ以外にはたった一杯の牛乳があるだけだった。牛乳はやけに白く、発光しているように見えた。
 あれはシキテンの最中で、私は蝋燭を園長先生のいる場所まで運ぶ役目を与えられていた。その子供に選ばれることは名誉だと伯母は言った。ののさまが見ていると、いつも言っていた。たしかに、ののさまの目はいつでも私を向いていた。どこにいても、その目は私を見ていた。私にはそれが恐ろしかった。私にはそれが耐え難かった。
 じきにひとりで立っていることさえ、怖くてしかたがなくなっていた。
「なにがそんなに怖いのかねえ」
 私はもはや伯母の声を思い出せないが、伯母の声はいつも耳のそばで聞こえる。
 なんでも怖がるというので、家人は私に呆れ返っていた。なにしろ私には音が怖く、色が怖く、形が怖かった。伯母はよくそんな私の腕や足を撫でさすった。何も言わずに、ただ撫でさすった。
 その日、私は敷居を踏まぬよう、懸命になりながら園に入る寺門をくぐっていた。門の敷居や畳の縁を踏んではならぬという言いつけは、私にとっては呪いであった。いつも死んでしまうような気持ちで、敷居をまたいでいた。生きていることは恐ろしかったが、当然に死んでしまうことも恐ろしかった。敷居をまたぐときには、いつでも必死であった。
 私は懸命であったためにその気配には気が付かなかった。門をくぐって数歩足を進めたとき、伯母の足が止まった。私にはまたそれが恐ろしかった。伯母は頭上を見ていた。何か物音がして、私の体はびくりと震えた。しかし伯母はいつものように怖がる私の肌を撫でなかった。それどころか、私に音を見よと強く言った。
「ほれ」
 寺門の上を垂れる緑葉の中に、ぬるりとしたものがじっとしていた。じっとしているのに、それは動いているようであった。太い紐だと私は思った。太い紐が枝に絡まっているのだと思った。しかしその紐の先には黄色の目があるのだった。
「見えるか? なあ」
 太い紐は枝から寺門に移ろうと頭を上げていた。私は不思議と平然とした気持ちでそれを見ていた。その模様はずらずらと動き、枝に擦れる音がした。
「あれはおばちゃんの神様やけん。なんちゃ心配せんでええんで」
 私は伯母の声を思い出せないのだが。
「神様が守りにきた。なんちゃ心配いらん。なんちゃ心配せんでええ」
 耳の側にいつも声がある。
 蠢くものは、それは蛇であり、伯母であり仏であり神であり。
 熱を出すと、決まって私はその夢を見るのだった。恐ろしいような、安らかなような。死んでいるような、生きているような。
 目が覚めると、ずるずると体に汗をかいている。
 今産まれたような。

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