例のnoteの話

ここ数日、大変市井を賑わせているあるnoteの記事を読んだのだが、これが結構面白かった。

読み進めれば読み進めるほど、もどかしいような苦しいような気分にさせられるのだが、非常に興味を唆られる内容だ。

かいつまんで書くと、ラニーノーズというバンドにハマった当時18~19歳の青年が、メンバー(※男性)にガチ恋するのだが、一方でその活動内容に疑義を持ち、SNSのDMで当人に苦情を送ったり批判的なコメントを繰り返したりして、他のファンからもガチ恋相手からも嫌われいき、ついにブロックされてしまう…という内容になる。

至極ありがちと言えばありがちな話ではあるが、それを妙に理路整然とした文章で、明後日の方向へ自己解釈していく姿が生々しく綴られており、ある種の文学作品のようでもあった。
彼は一から十まで狂っている人ではないのだが、恋ゆえに視界が狭く曇り、他責思考の袋小路に迷い込んでいる。

ラニーノーズというのは音楽活動とお笑いの活動をしているらしいのだが、彼はバンドとしてのラニーノーズ(とメンバーの顔)はドストライクだったものの、お笑いコンビとしてのラニーノーズをひどくつまらないものと感じ、度々こき下ろすような言動をしていたらしい。
それが当人やファンから見えない場所でなされていたのなら良いのだが、ファンコミュニティにどっぷり浸かった状態で発信し、当人に苦情を直接DMしてしまうなどして、当人からもファンからも「大変失礼な人」という扱いになってしまった。
無論、批判や苦情をSNSで発信するのは自由ではあるのだが、それをファンコミュニティに浸かった状態で表現するのは適切とは言えない。
仮にそうするならば、コミュニティから弾かれる事を覚悟の上で発信する必要があるだろう。(コミュニティや本人から距離を置いて時折批判をするだけであれば、たまにファンから突撃を受ける事があったとしてもさほど問題はなかったと思う)

該当のお笑いコンビそのものについてはあまり興味が無いので、彼らの漫才が本当につまらないのかどうかは知る由もないが、この痛いファンに対するアンサーとしてこのような記事を書いているところを見ると、多分本当に面白くないのだろう。

この青年について、ストーカーきもいとか、自己愛性人格障害ではないのかだとか、発達障害だろうとか、様々なネガティブコメントが付いていたが、そういう事とは多分違う。
ややASD傾向を感じるものの、20手前ならこんなものだろう。
むしろその年で客観性を持てている人の方が少数派であるし、そもそも未成年でなくとも基本的に9割近くの人は自らを平均以上(およそ上位40%)だと認識しているのが普通であり、経験不足故の自己評価の高さも相まって自分の意見が圧倒的に正しく、相手は自らの意見も聞き入れるべきでブロックすべきではないと考えてしまうのはとりわけ異常というほどではないと思う。
これが30歳であれば話は別だが。

そして図らずもSNSで自らの記事が話題になっている事を知ったこの青年は、このような記事を書いている。

これがまた面白い。
愛する人に拒絶され、何ヶ月も自らの世界に閉じこもり、捻れに捻れた思考に浸っていた彼は、外界からの圧倒的非難と一部の好奇を含む称賛を得た事により一転、自省モードに向かっている。
彼に必要だったのは外側からの思考への働きかけだったのだ。

この人は他者から正当と思われる指摘や考慮の余地がある考えを提示された時、柔軟に接するタイプなのだろう。
かなり論理的な思考の持ち主だ。
しかし、そのために他者も自分と同じように考えるのが普通だと認識していたのではないだろうか…?

当たり前だが、正当な指摘や真っ当な意見であっても、自分の主張と異なる場合、大抵の人はなかなか受け入れる事が難しい。
それが長期的に見て自分にとってプラスになるような話であっても、だ。
話の正当さなど些末な問題でしかなく否定されたという事実しか頭に残らない。
体感では8割方の人間がそのように出来ており、なんであれ否定されたり批判されたくないのが普通なのだ。
友人や家族という関係性をもってしても難しさを伴う訳で、一介のファンでしかない者が推しの考えや表現を変えられるはずがない。(そもそも表現者を自分好みに変えようとするのは、あまりにもミザリー的発想であり言語同断なのだが)

私は割と人から褒められる事が苦手であり、人からの褒めの9割は嘘だと思っているので、とりあえず適当に褒めておけば人間関係が円滑に進むだろうという見え透いた思惑を以って接してくる人をあまり好まない。(とは言え、時折自分でも同じ事をするが…)
称賛にしろ否定にしろ誠実である事を好むのだが、多分この人は割と近いタイプなのだと思う。
しかし基本的にそうした人は少数派であり、自分はマイノリティで考え方がやや異なるのだと自覚しながら生きる事が不可欠になる。
必ずしも他者に迎合する必要はないのだが、己の世界というのは端から見て特殊であるという自覚を持たなければ、今回のように大きな地雷を踏んでしまう可能性が高くなるのだ。

基本的には経験不足なだけで賢い人なのだとは思う。
多分、同じ年の自分が同じ状況に陥ったとしたら、振り返りに年単位の時間を要した事だろう。

※今回のケースとはまた違うが、学生時代に友人がある作家のファンになり、作家が主宰するサイトの掲示板に出入りしていたのだが、やがて常連と仲良くなり、公の場で個人的なやりとりを始めるようになっていった。
作家側から再三「個人的なやりとりは個人間でして欲しい」と注意を受けていたのだが、彼はそれが自分たちを差しているとは夢にも思わず、ある時突然掲示板にアクセス出来なくなったのだという。
彼から話を聞いてそのサイトを見に行ったことがあったのだが、「あぁ…これは…そのうちガチで怒られそうだな…」と思うほど痛々しいやり取りをしており、私からも少し意見した事があった。
それでも当時は全く理解出来なかったそうだ。
彼はその振り返りに2年かかったそうなのだが、別に発達障害でも境界知能でもなんでもない、どちらかと言えば知能は高めの普通の人だった。

若さとはそんなものだと思う。

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