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Marcus Strickland's Twi-Life - People of the Sun:Disc Review without Preparation

マーカス・ストリックランドズ・トゥワイ・ライフ『People of the Sun』

マーカス・ストリックランドはロバート・グラスパー世代のサックス奏者。グラスパー同様、早くから才能を認められていたマーカスは2000年代初頭からリーダー作を次々と発表し、同世代のトップランナーとして知られていた。

ジョン・コルトレーンウェイン・ショーターをリスペクトする彼は60年代後半のマイルス・デイヴィス・クインテットのサウンドからの影響も感じるコンテンポラリーなジャズをベースにしていたこともあり、ストレートアヘッドなジャズ作品に多数客演している。ロイ・ヘインズのような大御所から、ジェフ・ワッツクリスチャン・マクブライドのような先輩格、更にはデイヴ・ダグラスデヴィッド・ギルモアロニー・プラキシコといった個性派までに起用されていることは彼がジャズ・サックス奏者としてどれだけ重用されていたかがわかるだろう。

一方で、ジャズ以外のジャンルを取り込むことに早くからチャレンジしていて、ビョークやホセ・ゴンザレスをはじめ、アフリカのウム・サンガレから、レゲエのボブ・マーリー、シャンソンのジャック・ブレルなど様々な楽曲をコンテンポラリージャズの文脈で演奏してきた。むろんヒップホップやR&Bにも精通していて、クリス・デイヴデリック・ホッジキーヨン・ハロルドらはマーカスのサックスを欲した。

ただ、2010年代に入ってからは彼は慎重に自身のサウンドを模索してきた。『Double Booked』や『Black Radio』以降、急速に変化していくジャズシーンの中で、むしろ彼は作品のリリースのペースを落とし、ある意味で、地味な存在になっていたと言ってもいいだろう。正直、僕はそこに不満を感じていた。マーカスこそシーンの真ん中にいるべき存在だと。

ようやく動き出したのが2016年。ブルーノートと契約し、プロデューサーにミシェル・ンデゲオチェロを迎えた『Nihil Novi』で鮮烈にシーンへと戻ってきた。ディアンジェロ系譜のネオソウルからの影響を受けたサウンドが多かった中、彼はミシェル・ンデゲオチェロがジャズに挑んだ2005年の『The Spirit Music Jamia: Dance Of The Infidel』、2007年の『The World Has Made Me The Man Of My Dreams』などを経由したまだ誰もやっていない新たな現代ジャズ×R&Bのサウンドを提示した。そのサウンドは一見、ネオソウル的ではあるが、よく聴けば様々な曲でそのフレーズやリズムには明確にアフリカの要素が潜んでいた。「Sissoko's Voyage」のようなわかりやすい曲以外にも、ポリフォニックなコーラスなど、様々なところにアフリカの要素を込めたこのアルバムでマーカスはこれからの自身の方向性をはっきりと見定めたのだろうと思う。

そのマーカス・ストリックランドがブルーノートから2018年にリリースした『People of The Sun』がすごい。ここではヒップホップやビートミュージックと西アフリカのリズムを融合させたり、終始リズムが面白く、一方で、ワールド臭さはなく現代のジャズの文脈で鳴っているのは前作と通じるところ。前作がメロウな「静」のアルバムであれば、本作はどちらかと言うとグルーヴィーな「動」のアルバムとも言えるかもしれない。

実はマーカスは度々、マリを代表するヴォーカリストのウム・サンガレの楽曲を取り上げている。2008年の『Idiosyncrasies』では「Ne Bi Fe」を、2009年の『Of Song』では「Djorolen」をカヴァーしていた。ちなみに「Ne Bi Fe」はそのリズムを強調したもので、「Djorolen」ではハープ奏者のブランディー・ヤンガーを起用し、その旋律や世界観を意識しているようなアレンジになっている。彼はウム・サンガレなどを通じて、西アフリカのマリへの興味を持ち続けていた。

そんなマーカスと通じる活動をしていたのが外ならぬミシェル・ンデゲオチェロだ。彼女は2007年の『The World Has Made Me The Man Of My 』ウム・サンガレをゲストに迎えている。ミシェルはこのアルバムでマリのウム・サンガレをはじめ、南アフリカやイスラム系のシンガー、USのR&Bシンガーなどを起用し、ジャズ(ミュージシャン)という触媒を使い、世界中の様々な地域の音楽をシームレスに溶け合わせている。この時期、ミシェルが起用していたのがロバート・グラスパーであり、クリス・デイヴなのだ。僕はマーカス・ストリックランドをミシェルの系譜だと感じるのにはこんな繋がりも関係している。

ちなみに近年、ウム・サンガレに言及するアーティストは多い。個人的にもハイエイタス・カイヨーテネイ・パームから、ベッカ・スティーブンスなどから直接彼女の名前を聴いているし、ハービー・ハンコック『Imagine Project』ディーディー・ブリッジウォーター『Red Earth』などジャズ周りでもヴォーカリストとして起用されていたりする。

アフリカと言えばディアンジェロやエリカ・バドゥらソウルクエリアンズ周辺がフェラ・クティアフロビートに向かった流れが有名だが、ミシェル・ンデゲオチェロらがウム・サンガレと繋がった流れからはそれとは別のヒントが隠されている気がする。

話を『People of The Sun』に戻そう。ここでのクラーヴェとトラップ的なビートを混ぜたりする感覚は、クリスチャン・スコットが2017年に取り組んでいたジャズ100年をテーマにしたプロジェクト作品『The Centennial Trilogy』とも通じる部分もある。ただ、アフロアメリカン性みたいなところをアピールしないクリスチャン・スコットに対して、マーカスはもっとヒップホップコンテンポラリーゴスペル経由のジャズ感が強いのが特徴で、現行のUSのジャズシーンの流れに沿っていて、アフロアメリカン性はかなり濃いめなのが面白い。オーガニックで、どこかファンキーで、あくまでもここからはジャズやソウルやファンクが聴こえてくるし、「Timing」あたりに顕著だが、ゴスペル系譜なところもがっつり出していて、ディアンジェロ系譜のネオソウルの要素も聴こえてくる。前作も含めて、トレンドは視界に入れつつ独自路線で開拓している器用さは彼の特徴でもあるだけでなく、もしかしたら意図的にミシェル・ンデゲオチェロ的なものとディアンジェロ的なものを融合させようとしているのかもしれないとさえ僕は思っている。

また、マーカス・ストリックランドはサックスも素晴らしいのだ。2017年のBlue Note All Stars『Our Point of View』のメンバーでもある彼は、現代的なテクニックやエフェクトは当然のように上手い。ただ、ここでの音楽性に合わせて、そこにコルトレーン系譜のスピリチュアルなスタイルも入ってて、その煽り方とリズミックなアプローチを美味しいところだけ凝縮してコンパクトにまとめていたりして、ジャズリスナー的にもソロパートも文句なしの満足度がある。一方で、前作でかなり目立っていたウェイン・ショーター的なミステリアスでどこかオリエンタルなサックスも所々で聴かれるのも面白い。


そして、本作のサウンドに彩りを加えているのが、マーカスのバスクラリネットだ。ここでのエレクトリックなサウンドとアフリカ的な土着的なパーカッションの音色のコンビネーションに対して、サックスとバスクラを駆使して、生演奏で鳴らすことができる音のバリエーションを活かしている。バスクラの太い低音を存分に活かして、時にドローン的にロングトーンで敷いてみたりと様々なアイデアが見られる。そして、このバスクラの使用時もウェイン・ショーターっぽさが聴こえてきて、不思議な世界観が立ち上るのも面白いのだ。

マーカス・ストリックランドほど作曲と楽器演奏の両面においてここまで幅広いものをハイブリッドに、ここまで深く長く自分のルーツを現在から遡りつつ巧みにまとめて形にしてるアーティストはいないだろう。

マーカス・ストリックランドの新譜を聴いたら、ぜひ、このクリスチャン・スコットも併せて聴いてみてほしい。今のジャズメンの(音楽や歴史に対する)志向が見えてくるはず。

「ジャズ」というより「アメリカンミュージック」の探求ってところもあるし、「自分たちアフロアメリカンはどこから来たのか?」みたいなところの探求って部分もある。ジャズに止まらずに自分のルーツをどんどん遡っていくと、その先でジャズがどんどん深まっていっている興味深い相乗効果があるのが今のジャズシーンなのだ。

そういえば、マーカス・ストリックランドと言えば、現代ジャズ以降のジャズ感覚と、ネオソウル感と、マッドリブ的なざらついた質感のサンプリングヒップホップ(ジャジーヒップホップ)の感覚を融合させた実験作『Open Reel Deck』なんてものを2007年の時点で作っている人でもある。実はこの人は底が知れない人なのだ。

(2018/11/08)

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