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スピリチュアルジャズって何? - カマシ・ワシントン以降、多用されるキーワード”Spiritual Jazz”のこと

00年代の始めごろの僕は、家ではロックやテクノやヒップホップも聴きながら、クラブにもたまに行きながら、大学の近くのジャズ喫茶に通ってはジャズを聴いていた。ジャズ喫茶の店主と仲良くなってからは、レコード屋に行っては、ジャズを買い、ジャズ喫茶に持っていって聴かせてもらったりしていた。もちろん、レアグルーヴも聴いたし、ブルーノートもプレステッジも、フリージャズもヨーロッパジャズも聴いた。その中で、ジャズ喫茶の店主やお客さんとの会話が最も盛り上がるのが、インパルス期のジョン・コルトレーン周辺のミュージシャンのフォロワーによるジャズを中心とした《スピリチュアルジャズ》と呼ばれていたジャズだった。

ジャズ喫茶で親子ほど歳の離れたジャズリスナーたちの話を聞きながら、クラブシーンで再評価されたファラオ・サンダースをはじめ、ストラタ・イーストニンバスブラックジャズをジャズ喫茶のシステムで聴いたものだ。

70年代のスウィングジャーナルのバックナンバーを見てみるとわかるように、スピリチュアルジャズだけではなくロフトジャズもフリージャズも当たり前のように取り上げられていたし、日本盤も出ていた。その上、そういった音楽性のアーティストがベイステイトホワイノットといった日本のレーベルから日本制作でレコードを出していたりもしたし、そういったものに呼応するような日本人のジャズもそれなりの評価を受けていて、ジャズ喫茶では割と人気もあったようだ。だから、スピリチュアルジャズもロフトジャズも当時のジャズリスナーにとって、かなり身近なものだったようだ。

僕にとってのスピリチュアルジャズは、その暑苦しく、攻撃的な音楽性とは真逆で、歳上のジャズファンと、僕のようなヒップホップ/クラブ以降のジャズ・リスナーを繋いでくれる最もフレンドリーなジャズだったと言えるかもしれない。

ちなみにそれらはリアルタイムのころにはスピリチュアルジャズとはまだ呼ばれていなかったようで、どうやらクラブカルチャー以降に付けられた名前だと僕は後から知ることになる。

90年代以降に再評価されたスピリチュアルジャズはクラブシーンからの要請で盛り上がったものだったからだ。

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■DJとレコード・コレクターとクラブ・シーンの用語

もともとジャズDJたちがダンスミュージックとしての価値を発見して、クラブでかけ始めたのをきっかけに、1990年にアシッドジャズとも関わりの深いUKのサックス奏者コートニー・パイン『Songs From Our Underground』ファラオ・サンダース「You've Got To Have Freedom」をカヴァーしたり、アシッドジャズガリアーノが1992年に『A Joyful Noise Unto The Creator』ファラオ・サンダース「Prince of Piece」を参照したりみたいな経緯が積み重なったことでコルトレーンのバンドのサックス奏者だったファラオ・サンダースが神格化されていったことがこのカテゴリーの最重要ポイントだろう。
(ちなみにガリアーノのロブ・ギャラガーは、後にトゥー・バンクス・オブ・フォーを結成して、スピリチュアルジャズっぽいクラブジャズ曲を作ったりも。)


例えば、1991年にリリースされたコンピレーション『Red Hot On Impulse!』はクラブ以降のスピリチュアルジャズ目線で選曲されているもので、アリス・コルトレーンファラオ・サンダースがメインで、全11曲中、アリスが3曲、ファラオが3曲と二人で半分以上、あとは各アーティスト1曲づつなので、この2人だけが別格の意味を持っていたことがわかる。それまでのジャズ内ではジョン・コルトレーンやマッコイ・タイナー、エルヴィン・ジョーンズ、アルバート・アイラーなどがインパルスの重要盤だと思われていたが、クラブシーンでは全く違う価値体系が生み出されていたと言える。

ファラオ・サンダースはその再評価を引っ提げて、再び表舞台へ返り咲き、ヴァーヴからメジャー再デビューし、『Message From Home』『Save Our Children』をリリースしたりも。90年代にはちょっとしたファラオ・ブームが起きていたわけだ。

ファラオ・サンダースに関しては、彼がストラタ・イーストインパルステレサインディア・ナヴィゲーターに残していたレコードの多くが多少レアで、希少なレコードを探していたDJやコレクター心をくすぐるものであったことも理由にあるだろう。そもそも政治的な内容やなかなかに濃厚な音楽性で、さらに言うとジャズにロックやファンク、ディスコが入り込んできてセールス的にはフュージョンが盛り上がっていた時代だったわけで、スピリチュアルジャズがビジネス的には難しいカテゴリーでもあったのは間違いない。どう考えても発売当時、多くの作品はセールス的にはそこまでではないだろう。

例えば、ファラオ・サンダースは『Love Will Find A Way』でディスコに接近し、ディーディー・ブリッジウォーターは『Just Family』でフュージョンをやった。ザ・ファラオスというスピリチュアルジャズ系のバンドは音楽性を転換し、アース・ウィンド&ファイアになった。そんな時代ゆえにスピリチュアルジャズと呼ばれる多くのレコードがメジャーではなく、インディーレーベルや自主制作でリリースされている。その代表がストラタイーストブラックジャズトライブニンバスあたりで、それらはそもそもレコードを大量に作ってもいなければ、ヒットも出していなかった。だからこそ、20年の時を経て再評価されたときには入手が難しいものになっていて、中古の価格も上がっていたわけだ。DJはそんな入手が容易ではないレコードを探してきて、クラブでプレイするゲームという側面もあった。

つまり多くのスピリチュアルジャズのレコードはファラオのレコード同様にDJやレコードコレクターとの相性が良かったことが、ヒップホップやレアグルーヴをはじめ、レコードを中心にしたクラブカルチャーが形成されて行った時代の状況とうまく噛み合ったことで、人気を得ていったのだろう。スピリチュアルジャズが特に支持されたのがUKと日本であったの、USよりも中古レコード市場が発達していたことや、それがDJとも密に繋がっていたことが理由ではないかと思う。そんなレコード市場の環境や時代の状況とたまたま合致したことのだ。

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■スピリチュアルジャズとコンピレーション

そのレコード市場との親和性に関しては、スピリチュアルジャズがコンピレーション盤がリリースされることで、浸透していったこととも繋がってくる。

中でも最重要なのが、DJ向けのレコードをたくさんリリースしていたUKのレーベルのソウルジャズ・レコーズ/ユニバーサル・サウンズで、そこからリリースされた大量のコンピレーションがスピリチュアルジャズを広めていった。

1994~1995年にリリースされた『London Jazz Classics』のvol.1~3にストライ―ストビリー・パーカーズ・フォース・ワールドハンニバル・マーヴィン・ピーターソンが入っていたのあたりが出発点だろう。つまりロンドンのジャズDJたちの定番曲の中にそういったスピリチュアルジャズの楽曲が入っていたということになる。

そこからは怒涛のリリースが続く。

1995年の『Universal Sounds Of America』『Soul Jazz Love Strata East』

1996年の『The Best Of Black Jazz Records 1971-1976』『The Best Of Doug Carn』『Message From The Tribe (An Anthology Of Tribe Records: 1972-1976)』

1997年の『Strata-2-East ‎』

2005年の『New Thing!』

2009年の『Freedom Rhythm & Sound - Revolutionary Jazz & The Civil Rights Movement 1963-82』

2014年の『Black Fire! New Spirits! Radical And Revolutionary Jazz In The U.S.A. 1957 - 1982』

ある意味では、スピリチュアルジャズの存在をここまで大きくしたのはソウルジャズ/ユニバーサル・サウンドだと言っても過言ではないだろう。

そういった動きに対して、日本でも若杉実が編纂した1997年のコンピレーション『Vibes From The Tribe』など、UKに追随するような音源も順次リリースされてきた。

そして、その後、ストラタ・イーストブラックジャズトライブカタリストニンバスなど主要レーベルが作品単体で再発されるようになり、数々のレア盤が次々にCDになっていった。

ソウルジャズからリリースされたアート・アンサンブル・オブ・シカゴスティーブ・リードマーカス・ベルグレイブバイロン・モリス&ユニティなどが話題になったりしたが、それもあくまで一例に過ぎず、そのリリースは枚挙に暇がないほどだ。

進んだ発掘は日本のジャズにも及んだ。スピリチュアルジャズの日本版として、板橋文夫や、森山威男土岐英史などにも目が向いたことが、日本のジャズの魅力の発見に繋がったことは、特筆すべき。クラブミュージックとしての日本版スピリチュアルジャズとして(ファラオ・サンダースとも共演した)SLEEP WALKERのようなグループがいたことも加えておくべきだろうし、DJ目線で日本のジャズを選曲した『渋谷ジャズ維新 Shibuya Jazz Classics』シリーズなどを契機に日本のジャズのCD化がどんどん進んだことで日本産スピリチュアルジャズの認知度も上がっていった。日本でもDJやコレクター主導でスピリチュアルジャズの再評価が進んでいた。

さらに、UKのJAZZMANレーベルが『Spiritual Jazz』というコンピレーション・シリーズをスタートし、USだけでなく、世界中のジャズの中から、彼らが考える「スピリチュアルジャズ」を提示している。

第一弾は2008年の『Spiritual Jazz - Esoteric, Modal And Deep Jazz From The Underground 1968-77』

このコンピレーションは好評を博し、現在も出続けていて、最新版は2018年の『Spiritual Jazz Vol.8 Japan: Parts I & II』で、つまり日本のスピリチュアルジャズだったりもする。

他には日本リリースものもいろいろあって、Kyoto Jazz Massive選曲よるニンバス・レーベルのコンピ『DAY DREAM~A Collection of Black&Spiritual Jazz from Nimbus Recordings』やインパルス・レーベルのコンピ『Kyoto Jazz Classics Presents Succession Of Spirit (A Collection Of Spiritual Jazz Jams From Impulse!)』とか。

日本でスピリチュアルジャズをかけるイメージがあるDJ/プロデューサーといえば、沖野修也、松浦俊夫、井上薫、CALM、Nujabesあたりだろうか。彼らは自身の作品でもスピリチュアルジャズからサンプリングしたり、カヴァーしたり、インスパイアされたりしている。あと、特別枠でヤン冨田と竹村延和。

様々なDJがブラックジャズ・レーベルをミックスした『THEO PARRISH'S BLACK JAZZ SIGNATURE』『Gilles Peterson - BLACK JAZZ RADIO』『MURO - KING OF DIGGIN' "DIGGIN' BLACK JAZZ"』みたいな企画ものもある。日本制作でUSスピリチュアルジャズをレコーディングしていたベイステイト・レーベルの音源の『Freedom Jazz - Baystate Spiritual Jazz Collection』なんてのもあるし、飛び道具だとカフェ・ミュージックでお馴染みの橋本徹による超軽めの音源のみでキレイ目ピアノ&チル系の選曲の『Jazz Supreme: Spiritual Waltz - A - Nova』なんてのもある。

UKのジャズやレアグルーヴ系の老舗レーベルのBGPが出している2010年の『Loud Minority-Deep Spiritual Jazz from Mainstream』だとメインストリーム・レーベルの音源を、2013年の『Liberation Music: Spiritual Jazz And The Art Of Protest On Flying Dutchman Records 1969-1974』だとフライング・ダッチマン・レーベルの音源を集めたコンピレーションをリリースしている。

ここで面白いのが、BGPが2016年に『CELESTIAL BLUES ~ COSMIC, POLITICAL AND SPIRITUAL JAZZ 1970 TO 1975』というコンピも出しているのだが、こちらはプレスリリース的な商品テキストにカマシ・ワシントンブレインフィーダーの名前があり、『The Epic』の成功がスピリチュアルジャズへの注目のきっかけになっているのがよくわかる。

" Progressive jazz from the 1970s: music which has influenced Kamasi Washington and the Brainfeeder crew. "

近年だと前述の2017年のSoul Jazzからの『Soul of a Nation: Afro-Centric Visions In The Age Of Black Power』は決定版的な選曲だが、敢えてスピリチュアルジャズの定番曲を改めて選曲したのは「カマシ・ワシントン以後」の影響もあるのかもしれない。

2018年にはその続編『Soul of a Nation 2 Jazz is the Teacher, Funk is the Preacher: Afro-Centric Jazz, Street Funk and the Roots of Rap in the Black Power Era 1969-75』も出ている。

カマシ・ワシントン以降、スピリチュアルジャズに関する記事が増えているので、その影響は間違いないろう。

ちなみに、カマシ・ワシントン以前、これらはただのコンピレーションではなく、マニアックで、レアで、なかなか手に入らないレコードの中に収録されている曲をコンピレーションとして、DJやコレクターのために提示することも一つの目的になっている。レコード市場との密な関係の中で行われる発掘や再発、コンピレーションのリリースがこのカテゴリーを後押ししていた。

そして、そういったレコード市場の事情はクラブシーンのアーティストにも共有されていく。

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■ヒップホップ/クラブシーンからのフックアップ

2001年にはポストロックやエレクトロニカをリリースしていたシカゴのレーベルのヘフティフィル・ラネリンをまとめて再発し、プレフューズ73テレフォン・テル・アヴィヴがフィル・ラネリンをリミックスした『Remixes』を出したことで、トライブの知名度は一気に上がったことがあったが、これもレコード市場からの事情と無関係ではないはず。

デトロイトテクノ周辺ではカール・クレイグが2003年の『Detroit Experiment』や、2009年のトライブ『Rebirth』といった作品で、フィル・ラネリンウェンデル・ハリソンマーカス・ベルグレイヴなど、トライブ・レーベル周辺のデトロイトのスピリチュアルジャズ・レジェンドを起用した。

LAではもともとビートメイカーとしてWhat's The Science?名義でリリースした「Freedom」という曲でファラオ・サンダース「We've Got To Have Freedom」をサンプリングした過去を持つカルロス・ニーニョがスピリチュアルジャズ・バンドのビルド・アン・アークを結成。2004年の『Peace With Every Step』をはじめとした諸作でネイト・モーガンドワイト・テリブルフィル・ラネリンら、西海岸~デトロイトのレジェンドを数多く起用したりしながら、ファラオ・サンダースやフィル・ラネリンの名曲をカヴァーしたりしながらリスペクトが捧げてきた。

2006年にはオランダのキンドレッド・スピリッツから『Free Spirits Vol. I』『Free Spirits Vol. II - For JC - Love Is Supreme』というスピリチュアルジャズのコンピレーションがリリースされた。ビルド・アン・アークもリリースしていたこのレーベルは『Sun Ra Dedication: The Myth Lives On』というサン・ラのトリビュート盤を出したり、キンドレッド・スピリッツ・アンサンブルというバンドを作り、コルトレーンやファラオのカヴァーを中心にした『Love Is Supreme』というアルバムをリリースしたり、サン・ラハンニバル・マーヴィン・ピーターソンなどの再発をしたりもしていた。ヨーロッパのクラブシーンではこういう形でスピリチュアルジャズを取り上げる動きは定期的に出ていた。

マッドリブが2010年にリリースした『MEDICINE SHOW #8 : ADVANCED JAZZ』では、マイルスや、ミンガスと同じ地平で、フィル・ラネリンファラオ・サンダースへのオマージュをささげた曲があったが、それはそういった流れの延長にあるものだろう。

今、サウスロンドンを中心にロンドンでジャズが盛り上がっていると言われている。そのシーンのミュージシャン達はグライムやダブステップやエレクトロニックミュージックとも接点があり、その影響を受けていると言われている。そのUKジャズ界隈で度々スピリチュアルジャズという用語を見かけるのは、ここまでに書いたクラブシーンでのスピリチュアルジャズの需要のストーリーがあるからだろう。だからこそ、そのサウンドが頻出するのがUKなのだ。

ちなみにUKや日本ではこのスピリチュアルジャズという言葉はよく見かけて、UKの名門ジャズ誌ジャズワイズでは度々見かけたが、ダウンビートに代表されるアメリカのジャズ・メディアでジャズ評論家がスピリチュアルジャズという言葉を使っているのはほとんど見たことがなかった。アメリカでもクラブ系、ヒップホップの筋の評論家が使うことはあるかもしれないし、レコードショップでは使われているが、ジャズの中では見かけなかった。スピリチュアルジャズという言葉がジャズ評論用語ではなく、クラブシーンの用語で、かつUKや日本などで定着した言葉であることはこのカテゴリーを知るための重要な要素だ。ちなみにアメリカのジャズ評論の中でよく見られるスピリチュアルジャズと近いカテゴリーは「ポスト・コルトレーン」だったりする。

ただ、カマシ・ワシントン~UKジャズ新世代以後、ヌビア・ガルシアやシャバカ・ハッチングスの音楽を表す言葉としてダウンビートでも使われ始めて、それと同時にカマシ・ワシントンにも使われるケースが出てきている。SpotifyやAppleMusic、もしくはSNSなど、インターネット以後のグローバル化の傾向として、なかなかに興味深い事例かなと。

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■スピリチュアルジャズの要素と条件

さて、そんなクラブミュージック用語としての《スピリチュアルジャズ》だが、実はぼんやりとしていて、具体的にどんな音楽なのかというのはわかりづらい。かなり多岐にわたるジャズがこのカテゴリーで紹介されていて、スピリチュアルジャズというカテゴリーは一言で説明しづらい。そうは言っても、いくつかの要素に分解できる気はするので、具体的に音楽的な要素を取り出して、分類してみようと思う。

①ジョン・コルトレーン・スタイルの管楽器

②マッコイ・タイナー系のモーダルなピアノ

③エルヴィン・ジョーンズ的なアフリカっぽいリズム/ポリリズム

④ジョン・コルトレーンやファラオ・サンダースの曲に象徴される印象的に繰り返されるベースのリフ

⑤ジョン・コルトレーン経由ファラオ・サンダースorアリス・コルトレーン的な原初的なアフリカの情景を想起させる壮大的な曲想やプリミティブなサウンド=アフロセントリックさ

以上の5点が最重要の判断ポイントになる。

繰り返すが、スピリチュアルジャズとは、ジョン・コルトレーンを出発点に彼の『A Love Supreme』期のカルテットのメンバーたちが作り上げたスタイルの要素が入ったものと、同じくコルトレーンの晩年のバンドメンバーでもあったファラオ・サンダースアリス・コルトレーンの要素が入ったもの、という部分で大半は説明できると思う。

基本的にコルトレーンは絶対的存在なので、ダグ・カーン「Higher Ground」や、ゲイリー・バーツ「Juju Man」のようなコルトレーンの「A Love Supreme」のテーマをそのまま引用した曲、またはクリフォード・ジョーダン「John Coltrane」カルロス・ガーネット「Memories of Coltrane」ジョー・リー・ウィルソン「Mode for Trane」など、コルトレーンへのオマージュ曲もスピリチュアルジャズ枠に入ることも多いのも特徴。

に関してはファラオ・サンダースもそうだが、もっと近い奏者だとビリー・ハーパー、更にマイナーなところだとハドリー・カリマンみたいな人も入る。最近だとUSのカマシ・ワシントンやUKのヌビア・ガルシア辺りはこの要素があるサックス奏者と言える。

ジョン・ヒックスとかジョー・ボナーとかネイト・モーガンとかその辺がわかりやすいし、板橋文夫辛島文雄あたりがスピリチュアルジャズとして人気なのはこのあたりに理由を求められそう。カマシ・ワシントンのバンドのキャメロン・グレイヴスもマッコイっぽさがあるし、そもそもカマシ周辺コミュニティのレジェンドのホレス・タプスコットがこのスタイルのピアニストでもある。他にはケニー・バロンシダー・ウォルトンがその筋で人気なのはこの線で聴ける部分が多少あるがあるからかと。

に関してはファラオ・サンダースチャールス・トリヴァーのバンドのドラマーだったジミー・ホップスが代表例か。エルヴィン以外でも、そのルーツとしてマックス・ローチも重要で、60年代後半~70年代のマックス・ローチはリーダー作もスピリチュアルジャズ枠で紹介されることが多い。ノーマン・コナーズ「Dance of Magic」とか、カルロス・ガーネット「Banks Of The Nile」での、ドラマーとしてのノーマン・コナーズもこの枠かなと。あと、パーカッション入りのポリリズムものが多いのもここが理由。スティーブ・リードや現行UKジャズのモーゼス・ボイドもこの視点で聴くことができるはず。

④ ファラオ・サンダース「Astral Traveling」「Love is Everywhere」あたりがわかりやすいが、このひたすら繰り返されるフレーズが生むトランス感は重要な要素。フィル・ラネリン「Vibes from the Tribe」とか、ワンネス・オブ・ジュジュ「African Rhythms」とか、ジョー・ヘンダーソン「Black Narcissus」バイロン・モリス&ユニティ「Kitty Bey」のベースラインはもこの枠。クラブで支持された理由には、ファンクではないけど、同じグルーヴが続いて、踊りやすいし陶酔感もあるこの部分がかなり大きいと思われる。

『Karma』『Tembi』に代表されるファラオ・サンダースの諸作がわかりやすいし、アリス・コルトレーンマッコイ・タイナーの諸作も同様。アフリカの民族音楽的な複数の打楽器が打ち鳴らされる祝祭的なサウンドも多い。ランディ・ウエストンダラー・ブランドあたりが度々スピリチュアルジャズ扱いされるのはこのアフリカ的なサウンドスケープとポリリズムが理由なんじゃないかと思う。あと、フィリップ・コーラン『On The Beach』ヒース・ブラザーズ『Marchin on』スタンリー・カウエル『Musa』のようにカリンバを使ったものが大きく取り上げられるのは象徴的。

以上が最重要ポイント。
カルロス・ガーネット『Black Love』とかノーマン・コナーズ『Dance of Magic』とかになると、全ての要素が入ってる気がします。

とはいえ、この要素だけでは説明がつかない条件もあるので、ここから準要素的なものをいくつか挙げてみます。

⑥アフロフューチャリズム/イスラム改宗

これはとも通じる部分でもあるが、ファラオ・サンダースがそうであるように思想的な要素を入れると納得できる部分がある。カマシ・ワシントン『The Epic』のジャケットもそうだけど、アフロフューチャリズム的な宇宙モチーフも重要。という部分で、サン・ラ諸作やロニー・リストン・スミス諸作がスピリチュアルジャズ枠になることがあるのはここで説明がつくし、ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーン諸作、エムトゥーメイ『Rebirth Cycle』の作品などに見られる曲名やジャケットも含めて、エジプトやイスラムがモチーフの作品群がスピリチュアルジャズ枠で語られるのはこのラインで考えるとわかりやすい。

近年、アメリカではスピリチュアル・ジャズと共に「アストラル・ジャズ」という言葉が使われていることも記しておきます。これはアフロフューチャリズム的な部分を意識した単語なのと、『Astral Traveling』という作品を残したファラオ・サンダースを軸に考えた言葉な気がします。ただまだうまくまとめる術を持ってない感じがするのと、「サイケデリック・ジャズ」もしくは「コズミック・ジャズ」みたいな部分に軸足があるのかなという気も。ピッチフォークの記事はちょっと微妙かな。以下、アメリカのメディアによる「アストラル」使用の記事2本。

⑦インドや日本をはじめ、世界中の民族音楽に関心を持っていたコルトレーン経由のオリエンタリズム

アリス・コルトレーンユセフ・ラティーフがわかりやすいがアジアやインドの要素が入ったものがスピリチュアルジャズと呼ばれているのをよく見かける。もともとジョン・コルトレーンがインド音楽にハマっていたのもスピリチュアルジャズにこの要素が入る理由。ただ、アリス・コルトレーンがジョン・コルトレーンがインドにハマるきっかけを作ったと言われているだけにこの部分に関してはアリスがルーツなのかもしれない。ただビートルズやローリング・ストーンズをあげるまでもなく、当時のサイケデリックカルチャーにとってインド音楽は大きなトレンドだったので、時代の雰囲気でもあったとは思う。

また、ウェイン・ショーターが東洋モチーフで書いた「Oriental Folk Song」(『Night Dreamer』収録)に似た曲が、そこで共演していたリー・モーガンの『Last Session』に「Capra Black」という名前でビリー・ハーパーの曲として演奏されてて、それはビリー・ハーパー自身もストラタ・イーストへの録音作『Capra Black』で表題曲として収録していて、それがスピリチュアルジャズの名盤とされていたりするようにオリエンタルな要素が構成要素になっている例もある。ドン・チェリーがスピリチュアルジャズで括られることがあるのもおそらくこれが理由なのだろう。あと、日本的な要素もスピリチュアルジャズの要素になりえるのはそこで、「和ジャズ」が人気なのはこの部分も理由がありそう。マイケル・ガーリック『The Heart is A Lotus』がなぜかスピリチュアルジャズ枠なのはノーマ・ウィンストンのアジアっぽさ、みたいな感じだったりするのかなと。もしかしたら、ヨーデル風歌唱のレオン・トーマスがスピリチュアルジャズ枠なのも、ここと繋がるもしれないかなとぼんやり思ったり。

⑧アフロアメリカン的な公民権運動経由のメッセージ性

最後にこの部分も割と大きな要素で、それは黒人差別への反発を形にしたもの。ギル・スコット・ヘロンのようなポエットやアジテーションが入っていたりするものも多いし、それをゴスペル的なコーラスと組み合わせることもある。どちらかというと公民権運動に直接つながる「フリーダム」はデトロイトテクノ的で、一方で、「ワンラヴ」的なラヴもあったから、その辺はハウスとも繋がるし、なんだかんだで思想的にもクラブと相性良かったのは大きいと思う。その象徴はファラオ・サンダース『You've Got To Freedom』『Love is Everywhere』だったり、アーチ―・シェップ『Attica Blues』だったり、ディーディー・ブリッジウォーターのアジテーションが有名なフランク・フォスター『Loud Minority』(United Future Organization「Loud Minority」の元ネタ)だったり。おそらくロイ・エアーズウェルドン・アーヴィンはこの枠かと。音楽的にはかなりファンク寄りの作品も少なくないブラックジャズやトライブといったレーベルがスピリチュアルジャズとして括られるのはむしろ思想面での理由もあるかも。

といった8つの条件に加えて、人脈の繋がりを考慮してフリージャズやロフトジャズを入れる感じかなと。

いくつかざっくり検証してみます。

カマシ・ワシントン『The Epic』
カマシのサックスが①、キャメロン・グレイヴスのピアノが②、全体のサウンドが⑤、マルコムXに捧げたりなメッセージ性が⑧。

・シャバカ・ハッチングスの諸作
シャバカのサックスがコルトレーンスタイルで①、カリブもしくはアフリカ経由のポリリズムが③というのは割と共通する。シャバカ&ザ・アンセスターズはアフリカっぽいサウンドスケープありで⑤、コメット・イズ・カミングはサン・ラ的なアフロフューチャリズムで⑥、サンズ・オブ・ケメットは人種差別へのメッセージなどの⑧とか、それぞれにスピリチュアルジャズ枠でも語れるトピックがある。

・マイシャ『There is A Place』
ヌビア・ガルシアのサックスが①、アマネ・スガナミのピアノが②、アフロビートが③、ベースラインに④もあるし、全体のサウンドが⑤。そもそもファラオ・サンダースやアリス・コルトレーン、そしてカマシ・ワシントンを参照しているはず。

・ジョー・ヘンダーソン『Black Narcissus』
⑤と⑧が中心だけど、④があって、若干②③もある。サックス自体に関してはそこまでコルトレーンっぽさが強くない。

・マーク・ド・クライブロウ『Heritage』
モーダルなピアノが②で、日本をモチーフにして、日本の音楽のメロディーや音階を使った部分で⑦かなと。だから、スピリチュアルジャズとしても聴けるサウンドになっている。長年ロンドンにいたマークらしい感性とも言えるし、LAっぽさでもあると言える。

・ブラック・ルネッサンス『Black Renaissance』
ロイ・エアーズのバンドにいた鍵盤奏者ハリー・ウィテカーが日本のレーベルに残したアルバム。パーカッションを加えたポリリズムの③、印象的なベースラインの繰り返しで押す④、壮大なスケールの⑤とメッセージ性ありの⑧。

・ザ・ファラオス『Awaking』
アース・ウィンド&ファイアの前身バンド。エジプト・モチーフやアフロフューチャリズム路線で⑤、アフロ・ポリリズム③。アース・ウィンド&ファイアが音楽性が変わってもエジプトのモチーフやアフロフューチャリズム路線を変えなかったのは面白い。

・ケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』
「For Free」という曲がどう聴いてもスピリチュアルジャズ。②なマッコイ・タイナー風なピアノを弾くのはなんとロバート・グラスパーで、①なコルトレーン・フォロワーなサックスを吹くのはテラス・マーティン。バキバキのドラムはロバート・スパット・シーライト。この辺のミュージシャンがこういう演奏をするのは超レア・ケース。

みたいな感じで要素を抜き出して考えてみるのも面白い。

改めて、UKのジャズマンの人気コンピレーション・シリーズ『Spiritual Jazz』で考えてみると、3作目の『Spiritual Jazz 3 - Europe』はヨーロッパの非アフロアメリカンによるジャズもたくさん入ってて、けっこう謎な選曲。ただ、⑦のオリエンタリズム枠だったり、マッコイ・タイナー風モーダルピアノな②と、ポリリズムな③あたりで説明がつくものが多くて、意外と謎選曲ではなくて、筋は通っている。のちに『Spiritual Jazz 5 : World』『Spiritual Jazz 7 : Islam』が出てるけど、③のポリリズムだったり、⑤のアフリカっぽさ、⑥のイスラム改宗、⑦のオリエンタリズムみたいな要素で聴けばいいと思う。

このコンピの第一弾のタイトルは『Spiritual Jazz - Esoteric, Modal And Deep Jazz From The Underground 1968-77』となっていて、「エソテリックで、モーダルで、ディープなジャズで、アンダーグラウンドからきてる」と一応、コンセプトは定義されてたりも。

とはいえ、全体的には、ゆるゆるで、正直、この条件だったら、マイルス・デイビス『Bitches Brew』やハービー・ハンコック『Mwandishi』『Crossings』、なんならオーネット・コールマン『Dancing in Your Head』あたりもスピリチュアルジャズでいいんじゃない?みたいになりそうではある。

ただ、よく言えばフレキシブルにかなり広く入れられる自由な器だったのが、スピリチュアルジャズってジャンルが広まって指示された理由だとも思うわけです。

しかも、総てが音楽的要素ではなく、なにかしらの「フィーリング」みたいなものも条件になっている曖昧なところが面白さだと僕は思っていて、それはUSではなく、UKからの再評価トレンドって部分で出てきたからこそのエラーゆえの面白さだと思う。

そうやって拡大解釈を楽しめる枠組みでもあったから、マイナーなレコードを掘ってきて、「新発見のスピリチュアルジャズ」として提示することも楽しめただろうし、レコードをディグるみたいなコレクターの遊びとも相性も良かったんだなと。

それに非USからのUSアフロアメリカン音楽とそれらが持っていたストーリーへの肥大したロマンティシズムが核にある「USへの憧憬」だったという部分では、非常にロマンティックで甘美。だからこそナイトライフを彩れたんだろうなとも思う。その部分を特に共有できたのがUSアフロアメリカンへの憧憬を同じように持っていた日本のクラブシーンだったし、もともと日本にはジョン・コルトレーン系譜のジャズがたくさん録音されていて、それが「和ジャズ」として再評価されたのはなかなか面白いストーリーだなと思う

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※おまけ vol.1

■ケニー・ギャレットとウィントン・マルサリス

ちなみに現代のジャズに近いところで、スピリチュアルジャズな要素がかなりあるのがケニー・ギャレット
サックスはコルトレーン的な要素もあるどころか、『Pursuance: Music Of John Coltrane』というオマージュ作品も残しているほど。ピアノはマッコイ・タイナーっぽいプレイのピアニストを好むし、ポリリズムを駆使するドラマーが起用されることも多い。さらに言うとカリブやアフリカ、アジアとかも含めて、世界中の音楽の要素を取り入れている。① ② ③ ⑦ の要素はある。ただ、スピリチュアルジャズ枠にならないっぽい。

もう一人はウィントン・マルサリス。基本的にアフロアメリカンからのメッセージを込めたコンセプチュアルな作品も多くて、2007年の『From The Plantation To The Penitentiary』なんて、② ③ ④ ⑤ ⑧あたりの要素は明らかにある。ただ、これもそういう枠で語られているのを見たことはない。

これはそれぞれの要素を現代的にアップデートしていて、質感が変わっているあたりに原因があると僕はみている。

おそらく60-70年代のコルトレーンがいた時代とコルトレーンが亡くなってから彼の意思を受け継ごうとしていたアーティストがいた時代のサウンドの質感やスタイルも含めてスピリチュアルジャズというカテゴリーなのではないかというのが僕の予想。なので、当時のスタイルをコピーするような部分が求められるのが特徴としてあるのかもしれない。

つまり、その枠で紹介されるサウンドが現在のNYのジャズシーンから出ていないのは、スピリチュアルジャズというスタイルが、モダンジャズのレガシーを楽しむジャンルであることを示しているとも言えるかもしれない。

70年代から西海岸で活動していたネイト・モーガンやフィル・ラネリン、ドゥワイト・テリブルとの交流から生まれたカルロス・ニーニョのプロジェクトのビルド・アン・アーク、そして、ホレス・タプスコット周辺のコミュニティーで育てられたカマシ・ワシントンと、アメリカではほぼLAからしか出てきていないのは、LAとNYのシーンのあり方の違いを示すトピックでもあるはず。LAの音楽はより「コミュニティー・ミュージック=その地域のコミュニティーで受け継がれてきたものが反映される音楽」の側面が見えてくる。

更に言うと、そのビルド・アン・アークがオランダのKindred Spiritsから、カマシ・ワシントンがUKのYoung Turksからで、共にヨーロッパからリリースされていることも無視できない。

そして、ジャズDJのメッカで、レコードカルチャーも盛んで、ジャズシーンとクラブシーンが近いUKのジャズシーンからは近年スピリチュアルジャズ・スタイルのジャズがいくつもリリースされている。冒頭に書いたようにスピリチュアルジャズのコンピレーションの多くがUKのSoul Jazzからリリースされたところが発火点だったことも含めて、UKでの特別な人気があるジャンルでもある。

という意味で、《アメリカの外からDJやレコードコレクターの視点で編集されたアメリカ黒人音楽のカテゴリー》と仮定すると、見えてくる景色が変わってきて、視界がはっきりしてくるがしないでもない。

それにしても外観も手触りも60-70年代のスピリチュアルジャズなのに、演奏テクニックや作曲やアレンジのディテールがその時代にはありえないものになってて、ある意味ではどこまでも「2010年代的なジャズ」に仕上がってるカマシ・ワシントンの音楽は超絶に特殊。

カマシの登場でクラブ由来のスピリチュアルジャズというカテゴリーもまた更新されたのかもしれません。

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※おまけ vol.2

■スピリチュアルジャズとチルとカルロス・ニーニョ

・『Soul of a Nation: Afro-Centric Visions In The Age Of Black Power』

クラブカルチャー経由のスピリチュアルジャズのありかたについてはこのコンピレーションを聴くとわかりやすい。

上記の条件を満たしているのはもちろんとして、それ以上にDJユース=ダンスミュージックとしても使える感覚がかなり強い曲を集めてあるのがミソ。

ベースやキーボードなどのリフも含めて組み合わせたポリリズムが延々とあまり変化せずに続くトランシーなグルーヴの上で、コルトレーン経由の管楽器やアジテーションが乗っている楽曲が多い。1曲1曲が長いこういう長尺の曲でじっくりと盛り上がりつつ、管や声に煽る楽曲を、当時はアフロアメリカンの意識を向上させたり、感情の高揚させながら、団結心を深めさせたりしたんだと思うけど、それの快楽的な機能を用いて、ダンスフロアの昂揚感に結びつけたのは発見だったんだろうなと思う。だからこそ、クラブジャズはいうまでもなく、テクノやハウスなど様々なジャンルで参照されたのだろう。

あと、スピリチュアルジャズと呼ばれる音楽には割とキャッチ―なテーマやリフがあって、それがひたすら繰り返されて耳に残る場合が多いので、実はかなりポップというか、フレンドリーな音楽だと思うし、そこもクラブでウケた理由だと思う。政治性ゆえの扇動的な目的があるので、多くの人を揺さぶるわかりやすさが必要だったということだとは思うけど。

・『Alex Attias Presents Quiet Moments』

クラブカルチャー経由のスピリチュアルジャズにはチルの側面もあり、それを捉えたのがこのコンピレーション。ラウンジミュージックの名門IRMAが手掛けているのはなるほど。

牧歌的でオーガニック、かつ時間を忘れさせるような壮大さや雄大さは、ある種の癒しや和みのためのが曲として、選曲のために重宝された。ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンにその要素がよく見られるし、同時にアリス・コルトレーンのハープだったり、スタンリー・カウエルやヒース・ブラザーズなどが使ったカリンバや、スピリチュアルジャズの多くの作品に入っている鈴や笛の音、もしくはオリエンタルなメロディーのノスタルジックな雰囲気などが、ニューエイジ/ヒーリング的なものと相性が良かったのもある気がする。という意味では、ヒッピー的なカルチャーとも通じるものがある気がする(し、ヌジャベスがサンプリングしたスピリチュアルジャズはこのラインの音源の中のやさしくてきれいなメロディーの部分だったりする)。

ここでカルロス・ニーニョのことを考えてみたい。ヒップホップ畑から出てきて、ファラオ・サンダースをサンプリングしてみたかと思えば、ビルド・アン・アークを結成してファラオ・サンダースをカヴァーしたりと自身でスピリチュアルジャズを録音したり、ホレス・タプスコットらとともに西海岸で活動していたベテラン・ヴォーカリストのドワイト・テリブルをプロデュースしたりもしたカルロスだが、ビルド・アン・アークが作品を重ねるにつれ、チルアウト~アンビエント的サウンドに傾いていき、2011年の自身の名義で2012年に出した『AQUARIUSSSSSSS』ではファラオ・サンダースが1976年にIndia Navigationからリリースした牧歌系スピリチュアルジャズの極北的な作品『Pharoah』アリス・コルトレーン諸作とも通じるサウンドになっていたうえに、デイデラスミゲル・アトウッド・ファーガソンと共にニューエイジの巨匠ヤソスをゲストに迎えていた。その後、2016年の『Flutes, Echoes, It's All Happening!』でもネイト・モーガンやカマシ・ワシントン共にヤソスが参加している。

アリスやファラオの音楽の中にあるインド音楽=ラーガ系譜の時間感覚を失わせるようなゆったりとした反復をベースにしたおおらかさは、そのままヒッピー的な志向とそこから連なるニューエイジの思想へ繋がる。それらは西海岸で起きてきたことでもある。カルロスがビルド・アン・アークの音楽を「カリフォルニアのインパルス!の音楽と、ローレルキャニオンやトパンガキャニオンのエネルギーからヒントを得た」と語っているが、ローレルキャニオンもトパンガキャニオンも60年代ヒッピーたちの聖地として知られている。カルロスはいつもその土地の文化は育んだ音楽を形にしているのかもしれない。ヒップホップやエレクトロニカ、アンビエントからジャズへ向かい、そこからスピリチュアルジャズとニューエイジを繋ごうとしているようなカルロスの作品群には、DJ/レコードマニアならではのベクトルでの鋭い批評性を感じる。

そのカルロス・ニーニョも参加しているマカヤ・マクレイヴンの2018年作『Universal Beings』は最後の4曲がLAでカルロスの周辺のミュージシャン達と録音されている。ここでのサウンドもスピリチュアルジャズやニューエイジ、エレクトロニカなど溶け合ったようなもので、非常に興味深いので、併せて聴いてみてほしい。

ちなみに同じテイストだとCALMが2003年に2枚リリースしたファラオ・サンダースの編集盤『Meditation』はそういう視点を感じる選曲だった気がするので、見つけたら是非どうぞ。

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■スピリチュアルジャズのディスクガイド

さらに色んな作品が知りたい方は以下のディスクガイドをどうぞ。

・小川充 編纂『Jazz Next Standard スピリチュアルジャズ』(2006)

渋谷DMRでのバイヤーとして、もしくは、『remix』『Groove』『wax poetics』などのクラブ系の雑誌への寄稿でも知られ、ジャズDJ/クラブジャズ系を代表するライターの小川充がアシッドジャズ~クラブジャズ/レアグルーヴ/ヒップホップなど90年代以降のクラブシーンでの再評価された視点をベースにDJ目線で編纂したディスクガイド。アルバムのセレクトや著名DJやクラブ系レコードショップのバイヤーによるテキストは90-00年代のDJのトレンドや価値観が強く反映されていて、今読むと、その当時の時代の雰囲気をそのままパックされていて、興味深い。

ヒップホップやハウス、テクノなどがスピリチュアルジャズを参照したり、インスパイアされたことがDJやクラブシーンにどれだけ大きなことだったのかがよくわかるのと、DJやライターたちがスピリチュアルジャズについて「精神性」「神秘性」「崇高さ」みたいな言葉を使ってたりするのも、クラブシーンにおけるスピリチュアルジャズがいかにロマンティックに受容されていたかがわかるのもとても良い。

掲載盤はかなり多様で、スピリチュアルジャズというカテゴリーには枠組みや条件があってないようなものだったこともよくわかり、DJらしい「オーディエンスを踊らせるため」ゆえの自由さも伝わってくるのもとてもリアルだ。

『Jazz Next Standard』は00年代にヒットしたディスクガイドで、他に2004年に最初の『500 CLUB JAZZ CLASSICS』を、2006年に『スピリチュアルジャズ』、2007年に『ハード・バップ&モード』、2014年には『フュージョン/クロスオーヴァー』が出ていて、どれもDJ/クラブジャズ的価値観で過去のジャズを切り取っていて、90-00年代のトレンドがよくわかる。

小川充は2016年に『JAZZ MEETS EUROPE ヨーロピアン・ジャズ ディスクガイド』を出したり、2015年に『クラブジャズ・ディフィニティヴ 1984-2015』など、同じ視点でディスクガイドを何冊も出している。特に後者は90-00年代にクラブ経由でどうジャズが評価されていたかを知るのに最適だったり、2010年代のジャズを現代ジャズではなくクラブジャズ的視点でどう聴かれているかがわかるのでクラブジャズに興味がある人におすすめ。
・尾川雄介・塚本謙 編纂『インディペンデント・ブラック・ジャズ・オブ・アメリカ』

レアグルーヴ、スピリチュアルジャズやディープファンク、和ジャズなどのレア盤を扱っていることでも知られるレコードショップ ユニバ―サウンズの尾川雄介とライターの塚本謙によるディスクガイド。ポスト・コルトレーン的なアメリカのインディペンデントなジャズを網羅していて、オールカラーでLPの表ジャケ、裏ジャケ、国内盤帯などを掲載した正にレコードショップのバイヤーならではのこだわりが随所に。

どう見てもスピリチュアルジャズのディスクガイドだけど、スピリチュアルジャズという言葉を使わずに、90-00年代のクラブ/DJからの再評価文脈を排して、録音当時のミュージシャンやレーベルのことを書いていて、スタンリー・カウエル(ストラタ・イースト)、ダグ・カーン(ブラック・ジャズ)、ウェンデル・ハリソン(トライブ)のスピリチュアルジャズの最重要レーベルの中心人物のインタビューは、彼らを伝説上の人物ではなく、いちミュージシャンとして捉え直させるようなテキストでとても興味深い。
あまりにイージーに多用され、その実態がわからなくなってたスピリチュアルジャズという言葉を避けたことで逆に「スピリチュアルジャズとは何か?」が浮かび上がっている、とも読める。

尾川雄介は2009年に『和ジャズ・ディスク・ガイド Japanese Jazz 1950s-1980s』をディスクユニオンのバイヤーの塙耕記とともに監修。日本産スピリチュアルジャズが知りたい人は、この本を読むのがベストかと思われます。
・橋本徹 監修『JAZZ SUPREME 至上のジャズ』(2008)

『Free Soul』『Cafe Apres-midi』などのコンピレーションで知られる選曲家の橋本徹の監修。00年代の日本でのDJ/クラブシーンのジャズ観がわかりやすく浮き出てしまったディスクガイド。

そもそもスピリチュアルジャズがトレンドだった時期にスピリチュアルジャズを意識して作られた本だと断言できるのは、ジャズの世界では「Supreme」という言葉を出した時点で、誰もがコルトレーンを思い浮かべちゃうから。

この本はDJを中心にしたクラブジャズ~渋谷のレコードショップ界隈の著名人が自分が思う「至上のジャズ」選盤して、そこにコメントをつける形式だけど、内容はディスクガイドというよりはエッセイ集的な雰囲気。音楽について書くというよりは、「至上のジャズ」をお題に、「俺が思うジャズ」や「ジャズに対する思い」について書いている中に、ジャズへの思いやジャズの定義がかなりポエティックに書かれているのも時代とシーンの雰囲気を反映しているのが良いです。ジャズDJやクラブジャズ関係者の「他のやつと同じものは選ばない」感や「自分の選曲のキャラクター」を考慮しつつ、同時に「トレンドにも目配せする」感が出た選盤や文章から当時のクラブシーンとクラブ系メディアの空気がビシビシ伝わってくるのも面白い。

「アルバムを選ぶ」「俺が思うジャズを語る」という行為の中にいかにセンスと個性を込めるか、みたいなこういうハイセンス大喜利っぽい企画そのものが、レコードをたくさん買って、その中から自分ならではのセンスの良い選曲をするDJというゲームのメタファーみたいになってるのも時代の空気を感じます。

以下、執筆者リスト
ジャイルス・ピーターソン、カルロス・ニーニョ(ビルド・アン・アーク)、ベン・ラムディン(ノスタルジア77)、ニコラ・コンテ、ステファン&アレクッス(ジャザノヴァ)、ジェラルド(JAZZMAN)、イーゴン(Stones Throw)、ピーター・バラカン、テイ・トウワ、菊地成孔、Nujabes、INO hidefumi、松浦俊夫、CALM、井上薫(chari chari)、沖野修也、吉澤はじめ(Sleep Walker)、小林径、DJ Mitsu The Beats、藤本一馬(orange pekoe)、小川充(DMR)、尾川雄介(universounds)、若杉実、丸山雅生(ディスク・デシネ)、中村智昭(MUSICAANOSSA)、吉本宏 ・橋本徹
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